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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)155号 判決

原告(選定当事者) 甲斐秀水 外二二名

被告 日本石油株式会社 外五名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、

(一) 原告甲斐秀水に対して、別紙第二の一記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する昭和四九年一一月二七日(但し、被告日本石油株式会社については同月三〇日、被告三菱石油株式会社については同月二八日、被告九州石油株式会社については同年一二月三日)から支払済まで年五分の割合による金員を、

(二) 原告佐久間洋子に対して、別紙第二の二記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(三) 原告板橋清子に対して、別紙第二の三記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(四) 原告秋山康子に対して、別紙第二の四記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(五) 原告田中朝子に対して、別紙第二の五記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(六) 原告土屋八重子に対して、別紙第二の六記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(七) 原告大出孝則に対して、別紙第二の七記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(八) 原告菅原直子に対して、別紙第二の八記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(九) 原告宮崎広幸に対して、別紙第二の九記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(一〇) 原告三上芳子に対して、別紙第二の一〇記載の選定者らに対する同請求債権額欄記載の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、

(一一) その余の原告らに対して、それぞれ別紙第三の各名下記載の請求債権額の金員及びこれに対する各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を

支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告ら

1  本案前の裁判

(一) 本件訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

2  本案の裁判

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下、「独禁法」又は単に「法」という。)第二条第六項所定の不当な取引制限に当たる所為

(一) 被告らを含む石油製品元売一二社の営業等

被告らは、いずれも石油製品の元売販売等を営む会社(元売会社)であり、そのうち被告九州石油株式会社(以下、「被告九州石油」という。その余の被告らについても、以下、「株式会社」を省略して呼称する。)は、昭和四八年一二月一日同じく石油製品の元売販売等を営んでいた九州石油株式会社(以下、「旧九州石油」という。)を吸収合併し、一切の権利義務を承継した会社である。

被告ら(被告九州石油については、昭和四八年一一月末日までは旧九州石油。以下、単に「被告ら」というときは、右同日までの事実に関しては、被告九州石油の代りに旧九州石油を含めて指称しているものとする。)及び他の石油元売業者である訴外出光興産株式会社、同太陽石油株式会社、同丸善石油株式会社、同共同石油株式会社、同昭和石油株式会社、同シエル石油株式会社(以下、いずれも「株式会社」を省略して呼称する。)の一二社(以下、「元売一二社」といい、昭和四八年一一月末日までの事実に関しては、被告九州石油の代りに旧九州石油を含めて指称しているものとする。)の石油製品のそれぞれの販売量の合計は、いずれもわが国における当該製品の総販売量の大部分を占めてきている。

(二) 値上げ協定の成立

元売一二社は、次のとおり五回にわたつて灯油を含む石油製品の元売仕切価格の値上げ協定を締結した。

(1) 昭和四八年一月値上げ協定(以下、「本件第一の協定」ともいう。)

元売一二社は、昭和四八年一月からテヘラン協定のインフレーシヨン条項の適用により原油が値上がりすることになつたので、この機会をとらえて、石油製品の元売仕切価格をいつせいに引き上げることを企て、昭和四七年一一月二七日ころ、同年一二月四日ころ、同月七日ころ及び同月一八日ころその営業担当役員らが、いずれも被告日本石油会議室で話し合つた結果、同年一〇月比で灯油につき一キロリツトル当たり五〇〇円の値上げを含む石油製品の元売仕切価格のいつせい値上げを、昭和四八年一月一日から(但し、ガソリンについては同月一六日から)行なうことを内容とする協定を締結した。その詳細は、別紙第四の1記載のとおりである。

(2) 昭和四八年二月値上げ協定(以下、「本件第二の協定」ともいう。)

元売一二社は、本件第一の協定の後、事業参加協定(リヤド協定)により原油の値上がりが予測されるようになつたので、この機会をとらえて再び石油製品の元売仕切価格をいつせいに引き上げることを企て、昭和四七年一二月二五日ころ及び昭和四八年一月八日ころ石油連盟会議室において、同月一〇日ころ及び同月一八日ころ被告日本石油会議室において、それぞれその営業担当役員らが協議した結果、昭和四七年一〇月比で灯油につき一キロリツトル当たり一〇〇〇円の値上げを含む石油製品の元売仕切価格のいつせい値上げを、昭和四八年二月一日から(但し、ガソリンについては同月一六日から)行なうことを内容とする協定を締結した。その詳細は、別紙第四の2記載のとおりである。

(3) 昭和四八年八月値上げ協定(以下、「本件第三の協定」ともいう。)

元売一二社は、昭和四八年四月ころから中間留分(灯油、軽油、A重油をいう。)の需要の伸びが目立ち、その元売仕切価格の引上げが可能な情勢となつてきたため、これらを軸にした石油製品の元売仕切価格の値上げを企て、昭和四八年五月一四日ころその営業担当役員らが被告日本石油会議室において協議した結果、同年六月比で灯油につき一キロリツトル当たり一〇〇〇円の値上げを含む右三品を中心とした石油製品の元売仕切価格のいつせい値上げを、昭和四八年七月一日から行なうことを内容とする協定を締結した。

しかし、右計画を察知した通商産業省(以下、「通産省」という。)当局から、個別にその延期方を要請された元売一二社は、同年七月二日ころ及び同月二三日ころ、いずれも訴外出光興産会議室において、営業担当役員らの会合をもち、協議した結果、前記値上げを同年八月一日から行なうことを内容とする協定を締結した。

以上の詳細は、別紙第四の3のとおりである。

(4) 昭和四八年一〇月値上げ協定(以下、「本件第四の協定」ともいう。)

元売一二社は、国際石油会社と総称される諸会社(以下、「国際石油会社」という。)の市況調整値上げ等により、原油価格が引続き引き上げられることが予測されたため、この機会に石油製品の元売仕切価格を引き上げることを企て、昭和四八年八月二七日ころ石油連盟会議室で、同年九月三日ころ訴外出光興産会議室で、それぞれその営業担当役員らが協議した結果、同年六月比で、民生用灯油につき一キロリツトル当たり一〇〇〇円、工業用灯油につき同じく二〇〇〇円の値上げを含む石油製品の元売仕切価格のいつせい値上げを、同年一〇月一日から(但し、ガソリンについては同年一一月一日から)行なうことを内容とする協定を締結し、次いで同年一〇月八日ころ訴外出光興産会議室で営業担当役員らの会合をもち、右協定のうち、C重油の引上げ額を四〇〇円に改めることを内容とする協定を締結した。その詳細は、別紙第四の4記載のとおりである。

(5) 昭和四八年一二月値上げ協定(以下、「本件第五の協定」ともいう。)

元売一二社は、昭和四八年一〇月の中東戦争の勃発により、石油製品が供給不足となり、従来の買手市場から売手市場に転換するので、元売仕切価格の大幅な引上げが可能であるとの情勢判断から、この機会をとらえて元売仕切価格を大幅に引き上げることを企て、昭和四八年一〇月二九日ころ石油連盟会議室において、同年一一月六日ころ訴外出光興産会議室において、それぞれその営業担当役員らが協議した結果、同年六月比で工業用灯油につき一キロリツトル当たり六〇〇〇円の値上げ(この趣旨については後述する。)を含む石油製品の元売仕切価格のいつせい値上げを、同年一一月中ころから(但し、ガソリンについては同年一二月一日から)行なうこととし、右会合に出席しなかつた元売会社の営業担当役員らには、右合意の内容を電話連絡するなどして賛同を得て、そのころ右合意どおりの内容の協定を締結した。

その詳細は、別紙第四の5のとおりである。

(以上の各値上げ協定を総称して、以下、「本件値上げ協定」ともいう。)

(6) 本件値上げ協定中の灯油に係る協定の趣旨

民生用灯油と工業用灯油とは、昭和四六年ころから統計上又は慣習上区分されていたが、その範囲及び流通の区分は不明確であり、元売一二社が本件値上げ協定を締結するに当たつても、昭和四八年八月ころまでは両者を区別しておらず、本件第一ないし第三の協定は両者を含めた「灯油」についての値上げを協定した。次の本件第四の協定では、民生用灯油につき、本件第三の協定と同額の値上げを協定しているが、これは、本件第三の協定で民生用灯油につき一キロリツトル当たり一〇〇〇円の値上げを実現した元売会社においてはその価格を維持し、これを予定どおり実現していない元売会社はこれを実現する趣旨を協定したもので、右協定においても民生用灯油がその対象とされた。そして、もともと同一品質であり、外観上も全く同じである灯油についてその一部についてだけ値上げ協定を締結することは不可能であり、仮に灯油の一部について値上げを約したとしても、それは灯油全体の値上げ協定となるのであつて、工業用灯油についてのみの値上げ協定はあり得ない。外形上工業用灯油のみを明示した本件第五の協定を締結した当時、民生用灯油の元売仕切価格につき大幅な値上げがされていることから見ても、本件第五の協定をも含め、本件値上げ協定はいずれも工業用灯油のみでなく民生用灯油をも含んだ灯油全体の値上げ協定である。

(三) 本件値上げ協定の実施

元売一二社は、本件値上げ協定を締結すると、それぞれその都度右協定に基づく値上げを実施した。すなわち、元売一二社は、協定を締結すると、協定締結の会合に出席した営業担当役員らが、販売担当の部等において協定内容に従つた販売方針を立てさせた上、右販売方針に基づき支店、営業所及び直売担当の部課に対して値上げの実施を指示し、右指示を受けた支店、営業所は、特約店に対し右販売方針に従つた値上げ案を示すなどしてその実現に努力した。

元売一二社の実施状況は、以下のとおりである。

(1) 被告日本石油

被告日本石油では、常務取締役岡田一幸が前記会合に出席し、あるいは販売部長佐々木達三又は同副部長野田進一郎を代理出席させて本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を本社販売部の部課長に伝えてその実施を指示し、ときには支店長会議を開いて各支店長に直接指示していた。右岡田の指示を受けた販売部では、直売部に対して協定の実施を総括指示する一方、支店に対しては電話で協定で決められた日から決められた金額だけ仕切価格を値上げする旨を特約店に通告するよう指示したり、支店直売のものについては、決められた値上げ幅を目標に需要者と値上げ交渉するよう指示して、右指示に従つた値上げについて努力させた。

(2) 被告三菱石油

被告三菱石油では、取締役(昭和四八年五月以降常務取締役)武信光が前記会合に出席し、又は直売部長本田実を代理出席させて本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を販売部長米倉豊に伝えてその実施を指示し、右米倉をして支店長会議や電話連絡等で各支店長に対して協定の内容にそつた値上げの実施を指示させた。

(3) 被告大協石油

被告大協石油では、昭和四八年七月までは専務取締役愛知良一が、その後は取締役橘田孝重がそれぞれ前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を酒井業務部長に伝えて値上げ方針を検討させ、支店長会議等で値上げの実施を指示した。

(4) 被告ゼネラル石油

被告ゼネラル石油では、常務取締役榎本喜好が前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を富木販売部長に伝えてその実施を指示し、同部長らをして支店長会議の際や文書、テレタイプ等で各支店長、直売部長に値上げ幅及び値上げ時期を示して値上げを実施させた。

(5) 被告キグナス石油

被告キグナス石油では、常務取締役川副二郎が前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を藤井営業部長らに伝えてその実施を指示し、同部長らをして支店長、営業所長及び販売課長に対しテレツクス、文書又は口頭で値上げ幅及び値上げ時期を示して値上げを実施させた。

(6) 被告九州石油

被告九州石油(昭和四八年一一月末日までは、旧九州石油)では、常務取締役大橋退助が前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を宮崎販売部長らに伝えてその実施を指示し、同部長らをして福岡支店に値上げ幅及び値上げ時期を連絡し、各特約店に対しとりあえず口頭で、後日文書で値上げをする旨通知し、値上げを実施した。

(7) 訴外出光興産

訴外出光興産では、取締役斉藤純一が前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を社内の三部会及び重役会で説明して了承を得た上、本社販売部次長らに値上げを指示したが、各支店に対しては、右次長らが中心となつて電話連絡により値上げの実施を指示し、これを受けて支店長が出張所長会議を開き、本社の指示に基づき値上げの実施を伝達した。

(8) 訴外太陽石油

訴外太陽石油では、取締役営業部長田村靖一が前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、右協定に従つて値上げを実施した。

(9) 訴外丸善石油

訴外丸善石油では、昭和四八年二月までは専務取締役石渡健二が、その後は取締役営業本部長泉純吉が、それぞれ前記会合に出席して本件値上げ協定を締結していたが、右石渡の場合には、締結すると、その都度渉外部長金山哲三を介して協定内容を大阪本社の営業企画部へ連絡し、同部から販売の実施面を担当する販売部・直売部へ連絡して協定に基づく値上げを実施し、販売部では、更に支店へ電話やテレタイプ等で特約店に値上げをする旨伝えるよう指示し、右泉の場合には、締結すると、その都度その後営業企画部長となつた前記金山を介して販売部・直売部に協定内容を連絡し、販売部から更に各支店に連絡して値上げを実施した。

(10) 訴外共同石油

訴外共同石油では、昭和四八年五月までは専務取締役井上清が、同年六月以降は取締役松井達夫が、それぞれ前記会合に出席して本件値上げ協定を締結していたが、右井上の場合には、締結すると、その都度販売部長である右松井らに伝えて、同人をして支店長会議を開催して値上げを指示させたり、各支店長・直売部長あての文書等により値上げ幅や値上げ時期を連絡して、その実施を指示し、右松井の場合には、締結すると、その都度右井上にその内容を報告して承認を得た上、支店長に対してテレツクスや電話で値上げを指示し、又は支店長会議を開催して値上げを指示した。

(11) 訴外昭和石油

訴外昭和石油では、常務取締役早山弘が前記会合に出席し、又は販売第一部長武田文雄を代理出席させて本件値上げ協定を締結した後、協定を締結した他の各社と同様の方法で協定を実施した。

(12) 訴外シエル石油

訴外シエル石油では、常務取締役説田長彦が前記会合に出席して本件値上げ協定を締結した後、その都度協定内容を大江製品部長に伝え、自ら全国各支店長あてテレツクス等で値上げ幅や値上げ時期を連絡して値上げの実施を指示し、又は同部長をして同様に文書、テレツクス等で値上げの実施を指示させた。

(四) 独禁法第二条第六項の要件該当性

元売一二社の右所為は、公共の利益に反して、わが国における石油製品の販売分野における競争を実質的に制限したものであつて、法第二条第六項所定の不当な取引制限に該当する。

2  右所為に係る審決の確定

公正取引委員会(以下、「公取委」という。)は、昭和四九年二月五日、元売一二社の右所為を認定の上、法第二条第六項、第三条に違反するものであるとして、元売一二社に対し法第四八条第一項(昭和五二年法律第六三号による改正前。以下、法の条文はいずれも右改正前の条文である。)所定の勧告を行なつたところ、元売一二社は同月一五日右勧告を応諾し、公取委は、右応諾に基づき、同月二二日元売一二社に対し法第四八条第三項により別紙第五のとおりの勧告審決(以下、「本件審決」ともいう。)をなし、被告らについては出訴期間の経過により右審決が確定した。

なお、本件審決の確定は、本件値上げ協定の締結及びその実施を証する証拠価値の極めて高い証拠であつて、本件値上げ協定の締結とその実施を事実上推定させるものである。すなわち、公取委は、調査の結果により、審判に耐え得る証拠に基づき違反行為が認定されるのでない限り、審判開始決定はもちろん勧告も行なわず、また行ない得ないことは法の趣旨により明らかであるから、勧告の場合も審判開始決定の場合も、公取委のした違反行為の認定は、その実質においてなんらの差異は存在しない。そして、現に審決取消訴訟において、公取委が敗訴した例がほとんどないこと、審判手続においても、勧告書や審判開始決定書記載の要旨と、正式審決の認定事実とに実質的な齟齬を来たしたことがほとんどないことなどをも考慮すると、勧告又は審判開始決定を行なう段階での公取委の違反行為についての事実認定は、証拠によつて裏付けられた極めて信用性の高いものであることが明らかである。したがつて、勧告に至るまでの調査と事実認定の積み重ねが、元売一二社の本件値上げ協定の締結とその実施とを立証するのである。また勧告審決に主文のほか、公取委が認定した事実と法令の適用の記載が要求されているのは、勧告審決が単に被勧告人の自認行為のみでなく厳格な証拠と法令上の根拠をもつて行なわれたこと、すなわち審決の適法性を担保するためであつて、法は、応諾があれば、事実の存否を問わないというようないい加減な処分が行なわれることのないように、特に慎重な配慮を公取委に要求しているのである。

また被告らが勧告を応諾したことは、違反行為の存在の自認である。公取委が勧告を行なう場合には、その勧告の基礎となる違反行為の存在の認定が行なわれ、それが明示されており、その応諾が違反行為の排除措置をとることの応諾である以上、違反行為の存在は、応諾の論理上不可欠の前提であり、排除措置をとることは認めるけれども、排除すべき対象の存在は認めないということは、論理的に成り立ち得ない。また応諾は少なくとも、後に積極的否認はしないという態度の公的表明である。応諾に当たつての利害得失の考慮の中には、違反行為を理由とする損害賠償請求を受ける危険も、当然に含まれるであろうが、それらを含めて、応諾が選択され、違反行為の存在を否認しないという公法上の意思表示が行なわれたのである。たとえ損害賠償請求訴訟においてであろうと、応諾が事実の否認と両立し得るという考え方は、勧告審決制度そのものと両立し得ない考え方である。

3  本件値上げ協定の締結とその実施による損害の発生及び損害額

(一) 灯油の購入

別紙第二記載の選定者ら(以下、単に「選定者ら」という。)は、灯油小売業者である村越管工こと村越勝次郎(以下、「村越管工」という。)から別紙第六記載の日時に同記載の数量の灯油を配達料込み容器代別で同記載の単価で購入した。

選定当事者たる原告を除くその余の原告ら(以下、「原告ら(選定当事者らを除く。)」と表示する。)は、別紙第七記載の日時に同記載の灯油小売業者である購入先から同記載の数量の同記載の元売会社の元売りに係る灯油を同記載の価格で購入した。

(以下、選定者ら及び原告ら(選定当事者らを除く。)を総称して、「本件購入者ら」という。)

(二) 灯油購入価格の形成原因(元売仕切価格の値上げと小売価格上昇の因果関係)

(一)記載の各灯油購入価格は、本件値上げ協定の締結とその実施により形成されたものである。

(1) 価格協定が行なわれた以上、少なくともこれを実施中の価格は、公正かつ自由な競争によることなく設定された価格であり、元売業者の協定価格を前提として、流通過程における価格が形成されたことになり、それが消費者に高値をもたらすとすれば、その価格は、価格協定によつて影響を受けたものと推認すべきことはいうまでもない。このことは、法第八四条に基づく本件に関する裁判所の求意見に対し提出された公取委の意見書(別紙第八の1意見書及び同2訂正依頼書、以下、「公取委意見書」という。)によつても明らかである。

公取委意見書が述べているように、〈1〉元売一二社の元売仕切価格が上昇すれば、それを契機として、小売価格が引上げられることは、当時石油製品販売業界において顕著な現象であつたし、〈2〉流通業者が元売仕切価格引上げとなんらの関連もなしにそれぞれの販売価格の引上げを行なつた事実があるならば、その金額は差し引くべきであるが、そのような事実が認められない限り、小売価格の値上がりは、すべて元売一二社の行為に基づくものと見るべきである。そして、右〈2〉の事実は認められないばかりか、石油製品元売会社の特約店、小売店など流通業者に対する支配力は強大であり、その強大な支配力を背景にし、元売会社は卸売価格、小売価格の形成にまで影響力を及ぼしていた(流通支配)。すなわち、

(ア) 灯油の元売仕切価格は、元売会社の指示、値上げ通告により、そのまま実現していた。

(イ) 石油製品の流通市場は、元売会社ごとに系列化され、各元売会社の強い支配力のもとに置かれている。すなわち、昭和三〇年ころから特約店は、資金ぐりの悪化、販売競争激化によるマージン減少により、小売部門への進出を余儀なくされ、貯油、配送部面を元売会社に大きく依存せざるを得なくなり、元売会社は豊富な資金力を梃子として、特約店、小売店の獲得につとめた結果、元売会社から特約店、特約店から小売店に至る系列化が他の業種にないほど明確に確立され、これが石油製品の販売経路の大きな特徴といわれており、元売会社にとつて特約店政策が販売政策の中心部分を占めている。このような特約店に対する系列化と支配の強化は人事を通じても行なわれている。また元売会社は、各社別に系列下の特約店を支配してきただけでなく、石油商業組合やその連合体を通じて流通過程全体を支配しようとし、現に支配してきた。

(ウ) このような流通過程全体に対する強大な支配力を背景に、元売会社は、元売仕切価格を決めていたばかりでなく、特約店から小売店への卸売価格、小売店から消費者への小売価格の形成をも支配していた。

(エ) 元売会社の元売仕切価格が上がらないのに、特約店がその二次卸価格だけを引き上げることはほとんどなかつた。

(2) (一)記載の各灯油購入価格が本件値上げ協定の締結とその実施により形成されたものであることは、本件購入者らの購入に係る灯油が元売一二社の元売りに係る灯油であるか否かにかかわりはない。

わが国の元売会社のうち、エツソ・スタンダード石油株式会社(以下、「エツソ石油」という。)及びモービル石油株式会社(以下、「モービル石油」という。)は、本件値上げ協定のアウトサイダーの立場を維持したとされているが、元売一二社の石油製品販売量シエアは八六パーセントを越え、右一二社は圧倒的な価格支配力を有していた。したがつて、元売一二社が価格を引上げても、エツソ石油及びモービル石油は価格引上げを行なわない、という事態はあり得ず、右二社が元売一二社に追随することは必定である。いいかえると、仮に右二社が価格引上げに同調しないでいることができるのであれば、本件値上げ協定は成立し得ない筈である。ところが、本件値上げ協定は成立し、元売一二社による価格引上げは実現することができた。そして、現実に右二社は、本件値上げ協定に同調して価格を引き上げたのである。すなわち、被告らは、本件値上げ協定がアウトサイダーに波及することを市場の構造に照らし当然に予見し得たのであり、かつ現実に協定が波及効を有したのである。

(3) (一)記載の各灯油購入価格の形成は、本件第五の協定の締結及びその実施とも因果関係がある。右協定が民生用灯油の値上げをも含む協定であつたことは前述のとおりであるが、仮に右協定では工業用灯油の値上げについてのみ協定し、民生用灯油については協定していなかつたとしても、両者の品質の同一性及び当時の需給関係からすれば、工業用灯油について値上げを協定し、それを実施すれば、元売り及び中間段階での民生用灯油の値上げ、両者の流用等により、民生用灯油をも含んだ白灯油全体が値上がりすることになるのであり、このことは被告らも当然予見していたことである。

(三) 損害及び損害額

したがつて、本件購入者らは、本件値上げ協定の締結とその実施により、右各購入価格とそれがなかつたならば購入し得たであろう価格との差額の損害を蒙つた。

本件値上げ協定の締結及びその実施がなかつたならば、本件購入者らがその地域又は環境において灯油を購入し得たであろう価格は、本件値上げ協定の締結及びその実施前の購入価格水準を指標として認定するほかはない。

すなわち、現実に存在した直前購入価格は、場所、当事者、取引条件その他種々の条件によつて多様で、価格水準を中心に上限、下限の幅の中に無数の価格として分布しているが、価格水準は、この多数の現実購入価格を平均化することによつて得られるので、そこでは現実の価格を決定する偶然の要因は平準化されている。そして、この価格決定の各種の要因は、日時の経過により変化することがある。ある要因は強まるかも知れないし、他のある要因は次第に弱化して消滅するかも知れないし、かわつて新しい要因が発生することもあるであろう。したがつて、値上げ協定とその実施がなかつたならば存在したであろう価格、すなわち購入し得たであろう価格を推測するに当たつては、さまざまな要因によつて定まる個々人の現実の直前購入価格が、そのまま持続したであろうと考えるよりも、値上げ協定の締結とその実施の直前のその地域の価格水準、つまり価格決定の要因が平均化された水準が持続したであろうと考えるのが、より合理的であるからである。

選定者らの村越管工からの昭和四七年末ころの購入価格は、一八リツトル当たり二八〇円であつた。右価格は、選定者らの所属する川崎生活協同組合(以下、「川崎生協」という。)が、川崎市内の一定の区域に居住する右組合員五〇〇〇世帯につき、一年ごとに村越管工と交渉の上、決定する共同購入価格で、安定的な価格体系をなしていたから、選定者らについては、右価格が本件値上げ協定の締結とその実施直前の購入価格水準である。

昭和四七年末ころの東京都内及びその周辺の平均灯油小売価格は、一八リツトル当たり三四〇円であつた。したがつて原告ら(選定当事者らを除く。)については、右価格が本件値上げ協定の締結とその実施直前の購入価格水準である。

そこで、本件購入者らをそれぞれの損害額を求めるべく、右各価格水準の額に本件購入者らそれぞれの前記購入数量を乗じた額と、本件購入者らそれぞれの前記各購入価格に前記購入数量を乗じた額との差額を求めると、選定者らについては、それぞれ別紙第二の請求債権額、原告ら(選定当事者らを除く。)については、それぞれ別紙第三の請求債権額のとおりとなる。

4  被告らの損害賠償義務

よつて被告らは、(被告九州石油は、旧九州石油の所為に関してはその義務を承継した者として、)右損害の賠償として連帯して、選定者らに対してはそれぞれ別紙第二の請求債権額欄記載の金員に、原告ら(選定当事者らを除く。)に対してはそれぞれ別紙第三の請求債権額欄記載の金員に、いずれも損害発生の後である各請求の趣旨掲記の日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付して支払う義務がある。

5  選定当事者の選定

別紙第二の一記載の選定者らは、原告甲斐秀水を、同二記載の選定者らは、原告佐久間洋子を、同三記載の選定者らは、原告板橋清子を、同四記載の選定者らは、原告秋山康子を、同五記載の選定者らは、原告田中朝子を、同六記載選定者らは、原告土屋八重子を、同七記載の選定者らは、原告大出孝則を、同八記載の選定者らは、原告菅原直子を、同九記載の選定者らは、原告宮崎広幸を、同一〇記載の選定者らは原告三上芳子をそれぞれ選定当事者に選定した。

二  被告らの本案前の主張

1  独禁法第八五条第二号の違憲性

(一) 日本国憲法は、すべての国民に法の下における平等を保障し、また裁判所における公正で慎重な裁判を受ける権利の享受を規定し、日本国憲法の下にある裁判所法は三審制をとつている。したがつて原則としてわが国の国民は三審制の裁判を受ける権利を保障されているのにかかわらず、法第八五条第二号は、法第二五条の規定による損害賠償に係る訴訟の第一審の裁判権は東京高等裁判所に属する旨を規定し、二審制をとることとしているから、右規定は憲法に違反し無効である。

(二) もつともわが国においても、少数ではあるが、二審制をとる訴訟もないではない。しかし、本件訴訟は法第四八条の勧告審決に基づき法第二五条の規定による損害賠償を求める訴訟であるところ、勧告審決は準司法機関としての実質的審決とは到底いい得ないのみならず、本訴は審決自体を訴訟の対象とするものではなく、全く別個の第三者との間の損害賠償に係る訴訟であるから、これにつき三審制を排除すべき理由は全くない。

2  審決の不存在

(一) 本件購入者らは、灯油の一般消費者であつて民生用灯油の購入者であるところ、被告らは、本件審決において、民生用灯油につき不当な取引制限をしたとする審決を受けていないから、本訴は法第二六条第一項の要件を欠き不適法である。

すなわち、勧告審決は、公取委が法違反行為をしていると認めた者に対し、その違反行為を排除するため適当な措置をとるべきことを勧告し、その勧告を受けた者が当該勧告を応諾したとき、審判手続を経ないでされるところの審決であるから、排除措置命令部分が公取委の行政目的の内容というほかなく、審決にいう違反事実とは右排除措置命令の対象となつた違反事実を指し、排除措置命令は審決書主文に記載されることとなつているから(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(昭和五二年公正取引委員会規則第三号による改正前。以下、単に「規則」という。)第七一条第三項)、結局審決書主文記載の排除措置の対象となつた違反事実のみが勧告審決にいう事実を意味し、審決書の事実記載欄中に記載されている諸事実のうち、主文の対象となつていない事実は、その審決における事実に該当せず、事情として記載されたにとどまると解すべきである。しかるところ、本件審決書主文記載の排除措置の対象となつた事実は、別紙第五の本件審決書の事実欄記載の事実のうち、二の(三)のハの事実とその実施に係る事実、すなわち昭和四八年一一月上旬ころに締結された協定とその実施のみであることは右審決書によつて明らかであり、右事実においては、灯油のうち工業用灯油について協定が締結され、その実施がされたとされているに過ぎないから、民生用灯油については全く審決がない。

公取委が別紙第五の本件審決書の事実欄記載の二の(一)のイ、ロ、(二)、(三)のイ、ロの協定締結とその実施に係る事実につき審決をしようとするならば、規則第七一条第二項に従い、主文において違法宣言措置をすれば事足りた筈であるのに、公取委があえてこの措置をとらなかつたのは、公取委が右各事実についての審決書記載を事情として記載していたに過ぎない証左である。このことは、元売一二社のうち被告ら以外の六社が提起した本件審決の取消請求事件(東京高等裁判所昭和四九年(行ケ)第六二号、第六三号、第六五ないし第六七号、第七一号事件)において、公取委も自陳し、裁判所も認めていたところである。

(二) 本件審決書に事実として記載された協定と原告らが立証する協定とは、重要な部分で喰い違つており、審決の主要部分が事実に反するから、本訴請求は、この点から考えても訴訟要件たる審決を欠くものである。

本件審決書の記載をみると、その事実欄二の(一)のイ、ロ、(二)の各協定の対象石油製品中灯油につき単に「灯油」とのみ記載されているが、東京高等裁判所昭和四九年(の)第二号私的独占禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件(以下、「別件刑事事件」という。)の論告によれば、右(二)の協定に関しては格別、(一)のイ及びロの各協定に関する右記載は、「工業用灯油」を指称することが明らかであり、その事実欄二の(三)のイの協定の対象石油製品には「民生用灯油」と「工業用灯油」とが摘示されているが、同二の(三)のハの協定の対象石油製品には「工業用灯油」のみが摘示されている。これだけが「灯油」に関する審決書の記載であつて、結局原告らが本訴の請求原因として主張するところの「民生用灯油」についての値上げ協定の締結とその実施の主要部分については、これに対応する審決が存在しない。

3  原告適格の不存在

法第二五条第一項にいう被害者とは、「私的独占」、「不当な取引制限」、「不公正な取引方法」の構成要件上被害者となる者をいい、その者だけが法第二五条に基づく損害賠償請求権を行使できる。そして、「不当な取引制限」の被害者は、当該取引分野に参入していた取引の相手方のみである。法第二六条第一項所定の訴訟要件の関係から考察しても、右の被害者は審決の排除措置によつて保護される当該市場の構成員である取引の相手方に限定されるべきである。したがつて、法第二五条による損害賠償請求訴訟につき不当な取引制限の被害者として原告適格を有する者は、右取引の相手方に限られる。

このように、法第二五条第一項が「被害者」なる概念を導入し、請求権者をこれに限定した所以は、法が無過失責任主義を採用して損害賠償請求を容易ならしめたことに照応し、その請求権者の範囲を特定して、請求の明確・簡素化を図る法意によつたものである。

もつとも再販売価格維持契約等の場合は、その市場は、垂直的に一般消費者まで拡大し、したがつてその被害者も一般消費者まで拡大する場合もあるかも知れないが、本件審決は元売会社間のいわゆる水平カルテルに関するもので、その関係市場は元売会社と特約店とによつて構成される市場に限定されるから、被害者は右特約店に限られ、一般消費者は被害者に当たらない。

4  本件訴訟提起当時における審決の未確定

本件訴訟が提起された昭和四九年一一月二二日当時いまだ本件審決は未確定であつた。すなわち、本件審決に対しては、被審人である元売一二社のうち被告らを除く六社が東京高等裁判所にその取消訴訟を提起し、昭和五〇年九月二九日同庁において請求棄却の判決があり、右六社からの上告に対し昭和五三年四月四日最高裁判所第三小法廷は上告棄却の判決をなし、ここにはじめて本件審決は被告らの関係でも確定したのである。なぜならば、本件審決の対象として違反行為とされた事実は、元売一二社の共同行為であり、取消訴訟を提起した六社の行為のみを分割できる性質のものではなく、また審決に裁判のような既判力を認めることもできないから、右六社による取消訴訟の結果、本件審決が取り消されれば、被告らに対する本件審決の効力も、当然に消滅すべきであるからである。

ところで、法第二六条第一項によれば、審決の確定は法第二五条の訴提起の要件であり、右訴は通常の民事訴訟とは異質の観点と特殊な構造を有する特別訴訟であるから、訴提起の要件は厳格に解すべきで、右要件を欠く訴が提起されたときは、東京高等裁判所で審理を開始することは許されず、直ちに不適法として却下するか、通常第一審裁判所に移送するかの処置をとらねばならず、仮に口頭弁論終結時までに審決が確定したからといつて、既往にさかのぼつて瑕疵が治癒されることはない。

5  本件審決は被告九州石油に対しては無効

審決は違法状態を除去するために排除措置を命ずるものであるから、明らかに独禁法違反の行為者でない者に対してされた審決は、無効である。

しかるところ、本件値上げ協定が締結されたとされる時期には、被告九州石油は石油製品の元売会社ではなく、石油製品に関する独禁法違反行為とは無関係である。被告九州石油は昭和四八年一二月一日旧九州石油を吸収合併し、その権利義務を承継したが、独禁法違反行為そのものは合併によつて承継されるものではないから、仮に旧九州石油が本件値上げ協定を締結したとしても、被告九州石油に対してされた法第四八条第一項所定の勧告及び本件審決は、いずれも明らかに独禁法違反行為者以外の者に対してされたものであつて無効である。また被告九州石油が勧告を応諾した事実があるとしても、右応諾は、独禁法違反行為をしていない者が誤つてした応諾であり、無効である。

したがつて、被告九州石油に対する本訴請求は、法第二六条第一項の要件を欠くものである。

三  請求の原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求の原因1の(一)について

右事実は認める。

2  請求の原因1の(二)、(三)について

右各事実は否認する。

原告らが値上げ協定として主張する事実は、以下詳述する如く、すべて通産省当局が物価抑制政策に基づいて行なう行政指導に対する元売一二社の協力行為であり、これが独禁法違反の価格協定と誤認されたのである。また、当時元売一二社の行なつた石油製品元売仕切価格の改定は、いずれも各社の判断とやり方で行なつたものである。まして、民生用灯油については、特に強力な価格抑制の行政指導があり、元売一二社が値上げ協定を締結する余地は全くなかつた。

また、仮に元売一二社の行為が外形上独禁法第二条第六項に該当するとしても、独禁法の適用が除外される行為に該当するか、又は超法規的違法阻却事由がある。

(一) ガイドライン方式の行政指導とこれに対する元売一二社の協力行為

昭和四八年当時通産省当局は石油製品の低価安定供給政策実現のため、元売各社に対し、石油製品元売仕切価格の上限設定方式(原油値上がりに伴うわが国業界全体としてのコストアツプ分の石油製品価格への転嫁に関し、その転嫁幅の上限を設定し、この範囲で元売各社が各自自由に価格を定めるという方式。ガイドライン方式ともいう。)による行政指導を継続実施中であり、元売各社の役員で構成される石油連盟営業委員会が、この行政指導に協力して、そのための原案の作成に当たつていたところ、そのための営業委員会の会合が独禁法違反の価格協定と誤認されたのである。

(1) 石油業法(以下、「業法」ともいう。)施行以来昭和四五年一一月のOPEC攻勢前までの間における行政による市場管理体制の確立と業界のこれに対する全面協力観念の定着

業法施行早々、業法第一五条に基づく標準価格の告示や指示価格の設定があり、業界は右設定作業及び右価格厳守に協力せしめられ、昭和三八年には石油製品販売価格の届出制度が実施され、同年一一月生産調整の割当基準に不満を抱いて石油連盟を脱退した訴外出光興産に対しては、通産省当局は、石油設備新増設割当を認めないという制裁措置をとり、昭和三九年四月には業法に基づかない行政指導としてガソリンスタンド新設割当指導が実施された。また昭和四二年一月には、東京電力に対するC重油納入に際し安値応札をした五社に対し、通産省当局は重油輸入割当を一時保留する制裁措置を実施し、ナフサ・C重油の需要が増大した高度成長期には、その安値是正を指導し、更に精製各社の原油処理量に関しては配分調整が行なわれた。そして、業法第七条の「特定設備の許可基準」の一つに、「石油政策に対する協力の度合」という項目が設けられており、この面からも通産省当局からその石油政策に従うことを求める行政指導が当然のこととして行なわれていた。

このように、この時期には、石油企業の自由化を基本とし、石油製品の低廉安定供給を目的とする石油業法の下でありながら、通産省当局により各種制裁を伴う規制的行政指導が積み重ねられ(石油製品市場管理体制の確立)、石油業界には、とられる手段のいかんにかかわらず、通産省当局の行政指導には常にこれに全面的に協力しなければならないという観念が完全に定着した。

(2) 昭和四六年及び同四七年各四月の行政指導によるガイドライン方式による行政指導方式の確立

(ア) 昭和四六年四月の行政指導

昭和四五年一一月、OPECの原油の値上げ(いわゆるOPEC第一次値上げ)があり、次いで昭和四六年二月一四日テヘラン協定が成立し、これにより同月一五日に原油の大幅値上がりがあり(いわゆるOPEC第二次値上げ)、更に同年六月にも右協定に基づく原油値上がり(いわゆるOPEC第三次値上げ)があることが、右協定内容により明らかであつた。

そこで通産省当局は、同年二月業界に対し原油値上がりに伴うわが国業界全体としての全油種平均及び油種別製品価格の適正転嫁に関して検討するよう強く慫慂し、業界もこれに従い石油連盟営業委員会が中心となつて検討した結果、製品全油種平均一キロリツトル当たり一一〇〇円が値上げ妥当額と算出され、理論的には同額以上の製品価格転嫁は止むを得ないとしながらも、物価抑制の見地から八六〇円を上限としてのみ転嫁を認め、残二四〇円については業界負担を命じ(原油コストアツプのうち一バーレル当たり一〇セント分を業界で吸収負担するところから、「一〇セント負担」といわれる。)、更に灯油については一切転嫁を認めない旨の行政指導をした。右指導は不協力者に対しては、精製設備の新増設を認めないという制裁措置に裏付けられたものであつたから、今後の原油値上がりに伴う製品転嫁上限価格の改定については、必ずわが国業界全体としての案を作成し、通産省当局の承諾を得ない限り、値上げをなし得ないと業界が観念するに至つたのは当然のことであり、通産省当局も右方針をもつて業界を強力に指導した。

(イ) 昭和四六年度灯油需要期に関する行政指導

同年八月二八日、円変動相場制が実施され、消費者側から為替差益還元の要求が起きたが、通産省当局は、民生用灯油元売仕切価格を同年二、三月水準を上限として据え置くこととし、昭和四六年一〇月一二日灯油消費・価格問題懇談会の席上においてその旨を説明するとともに、続いて同月二八日付で同趣旨の指導内容を記載した文書を、石油連盟等に発し、右指導の周知徹底をはかつた。

(ウ) 昭和四七年四月の行政指導

昭和四七年一月ジユネーブ協定が成立し、また原油が値上がりすることとなつたが、政府は、同月二二日原油値上がりがあつても、製品価格転嫁を行なわないよう業界を指導すると新聞発表をして、価格抑制指導を継続することを明らかにした。

その後同年二月、業界が立案した一〇セント負担を前提として一キロリツトル当たり平均三〇〇円の値上げをする油種別上限幅改定案を通産省当局も了解し、同月下旬民生用灯油の元売仕切価格は据え置き、その他の石油製品について右案により同年四月から上限を改定することが承認された。なお、その際石油連盟営業委員会岡田委員長は、通産省鉱山石炭局鈴木石油計画課長から、今後値上げの必要が生じたときは、あらかじめ話に来るように指示された。

右指導は、ジユネーブ協定に基づく原油価格上昇に際し、昭和四六年四月指導の一〇セント業界負担の継続を確認した上で、民生用灯油転嫁零、その他等価比率を原則とする昭和四六年と同方式の油種別上限幅設定による転嫁方式を承認したものであり、また今後転嫁が必要となつたときはあらかじめ話に来るようにとの指示は、営業委員会に対し、事前に前記方式による根拠計算及び転嫁案を作成して通産省当局の改定行政指導に協力することを誘導したもので、ここに事前に営業委員会で改定案を作成し、通産省当局がこれに基づき改定を検討するというガイドライン方式による行政指導方式が確立されたのである。

(3) 昭和四八年における各ガイドライン行政指導とこれに対する協力行為の内容

(ア) 一月ガイドライン行政指導

テヘラン協定により昭和四八年一月から原油が値上がりすることは確定しており、その上事業参加協定成立による値上がりも予想される事態となつたので、岡田委員長は、前記(2)の(ウ)の指示に従い、予め通産省当局の意向を確認し、その意向に従い、テヘラン協定に基づくコストアツプを計算の上、民生用灯油価格への転嫁零、一〇セント負担継続の前提で、上限改定案を作成し、昭和四七年一二月二〇日ころ鈴木課長にこれを説明し、大筋の了解を得た上、同月二四日重油専門委員会(営業委員会の下部機構)野田委員長は通産省鉱山石炭局石油計画課田村計画調査班長に詳細を説明し、了承を得た。

そこで岡田委員長は、直ちに元売各社に対し承認を得た旨を伝え、昭和四八年一月に入つて元売各社は、独自にその方針に従い上限内の元売仕切価格改定を実施した。

(イ) 二月ガイドライン行政指導

昭和四七年一二月二〇日事業参加協定が成立したので、重油専門委員会は、一〇セント負担継続、民生用灯油への転嫁零の前提でガイドライン案を作成し、岡田委員長は、昭和四八年一月一〇日通産省当局に対し右案による同年二月一日からのガイドライン改定を申し入れ、その後通産省当局との間で計算根拠の詰めが行なわれた後、同年一月二〇日ころ通産省鉱山石炭局石油計画課角南総括班長は重油専門委員会田中に対し右案による上限改定について了承を与えた。

岡田委員長は同年一月下旬の営業委員会で右承認を報告し、元売各社は右を上限としてそれぞれの方針に従い、特約店との間で元売仕切価格改定の交渉に入つた。

(ウ) 六月以降の値上げに関する行政指導(いわゆるチヤラ論の行政指導)

昭和四八年六月一八日角南班長は、営業委員会に出席し、新ジユネーブ協定による同月一日までの原油値上がりに伴うコストアツプは、同年二月一四日以降の為替差益とほぼ相殺となる(いわゆるチヤラ論)から、右を原因とする石油製品の値上げは認められないと述べ、価格抑制方針を明らかにしたが、これは同時に、今後の原油値上がりに伴う価格転嫁については、同年六月比でコスト計算を行ない、ガイドラインを改定するという通産省当局の方針を打出したものである。

(エ) 七月(延期後八月)ガイドライン行政指導

需要の軽質化を原因として、昭和四八年二月から四月にかけて中間留分(灯油、軽油、A重油)の需給がタイト化し、また同年四月に入り世界的な軽質原油及び軽質製品に対する需要の増加によりA重油の製品輸入価格が大幅に値上がりした。このことから、業界内において軽質原油輸入のインセンテイブ(刺激、誘因)として中間留分価格の是正が必要であるとする主張(インセンテイブ・コスト論)が同月半ばごろから高まり、これを受けて重油専門委員会は、検討の結果、軽質原油への切替えに伴う原油価格差から生ずるコスト上昇分を算出し、中間留分が負担すべきコスト増加は、中間留分増産分につき一キロリツトル当たり約二〇〇〇円、それを中間留分全体にならして約七〇〇円と算出し、これが同年五月一四日の営業委員会で報告された。

このほか同月七、八日ころ行なわれたサウジアラビアのDD原油の第一回入札の落札価格が画期的な高値であつたため、国際石油会社がこれに追随する市況調整値上げを行なう可能性が高まつたので、重油専門委員会は同年六月一八日すぎからこの予測計算作業を行ない、同年七月一日からの新ジユネーブ協定による原油値上がりをも合わせると、平均値上がり幅は一キロリツトル当たり六月比約二五〇円と計算された。

営業委員会では、これらをふまえて作成された案で通産省当局にガイドライン改定を申し入れたところ、同年六月二八日ころ鈴木課長は、重油専門委員会野田委員長に対し、値上げ幅は了承するが国会開会中であるので、一か月延期してほしいと述べ、同じころ営業委員会斉藤委員長(岡田委員長の後任)に対しても、右課長から同旨の要請があり、また値上げ幅については了承する旨の回答を得た。

斉藤委員長は、同年七月二六、二七日ころ鈴木課長(同月二五日資源エネルギー庁が発足し、鈴木課長は同庁石油部計画課長となつた。)から右中間留分の値上げを同年八月一日から実施してよい旨の確認を得て、これを同年七月三〇日ころの営業委員会で報告した。

(オ) 一〇月ガイドライン行政指導

昭和四八年九月四日ころ斉藤委員長は、鈴木課長らに対し、原油価格予測計算に基づいて作成した同年一〇月からのガイドライン改定案(民生用灯油の元売仕切価格は八月ガイドラインの水準で据置き)につき説明した。その直後、資源エネルギー庁熊谷石油部長から斉藤委員長に対し民生用灯油の八月値上げを撤回するよう要請があつたが、斉藤委員長は右要請は受け入れられない旨を答え、結局同年九月二〇日ころ民生用灯油の元売仕切価格を同年九月末の時点で凍結することで決着がつき、同日ころ右改定案につき鈴木課長の了承を得た。

同年九月末か一〇月初めころに至り、原油の市況調整値上がり幅は、右計算の予測値(六月比一キロリツトル当たり約九〇八円)を約一九〇円上廻ることが判明したが、これを全部転嫁することは無理であるので、営業委員会では同年一〇月八日ころ右改定案のC重油への転嫁幅二〇〇円を四〇〇円に修正するにとどめて修正案を作成し、同じころ斉藤委員長は右修正案につき角南班長(前記資源エネルギー庁の発足により、同庁石油部計画課総括班長となつていた。)の了承を得て、その旨を営業委員会に報告した。

なお、民生用灯油の元売仕切価格は、同年一〇月一日資源エネルギー庁当局により同年九月末の価格で凍結する旨の行政指導を受け、元売一二社はこれに全面的に従つた。

(カ) 一一月ガイドライン行政指導

昭和四八年一〇月一六日、OPEC加盟湾岸六か国は、原油公示価格の一方的大幅引上げを発表し、翌一七日、OAPEC諸国は、原油供給削減を宣言し、いわゆる石油危機が始まり、またこれに伴う各種のコストアツプ要因が予想された。同年一一月六日斉藤委員長を中心とする会合で、重油専門委員会の行なつたコストアツプ計算を検討の結果、同年六月比の要値上げ幅は、昭和四八年度下期の原油処理量を供給計画比二〇パーセント減として、一キロリツトル当たり約四三〇〇円であるので、これに基づいて油種別展開案を作成し、元売一二社のうち他の各社の営業委員に電話で右案の内容を連絡し、右案で資源エネルギー庁当局に改定を申し入れることの了解を得た。

同年一一月八日ころ斉藤委員長は、資源エネルギー庁に赴き、ガイドライン改定を申し入れ、同月一四日夜重油専門委員会田中から高谷計画課長(鈴木課長の後任)らに計算の内容を説明したところ、コストアツプ幅の内容については妥当と認められ、実施期日について、角南班長は、同年一二月一日から国会で石油二法の審議が始まるので一一月半ばからでよいとの趣旨を述べた。そして同年一一月一五日ころ斉藤委員長からも角南班長に対し確認したところ、同班長から値上げを了承している旨の回答があつた。

以上述べたように、石油連盟営業委員会がガイドライン方式による行政指導に協力していたのである。明文化された営業委員会の取扱い事項のうちには、価格問題はないが、ガイドライン方式による行政指導が開始される前から、通産省当局が価格問題についての意向を業界に伝達する場合、あるいは業界を対象とした指導を行なう場合、石油連盟会長ばかりでなく、営業委員会あるいはその代表者としての営業委員長を通じて、それを行なう慣行が確立していた。このことは各ガイドラインの設定について営業委員長又は重油専門委員会のメンバーが通産省当局と折衝を重ねていたことのみならず、通産省担当官も営業委員長がそのような立場にあるものとして、通産省当局の意向を伝達し、更には通産省担当官が営業委員会を招集したり、営業委員会に出席したりしていることからも明らかである。また価格問題に関する営業委員会の会合には、エツソ石油及びモービル石油の営業委員は原則として出席せず、石油連盟事務局の職員が列席せず、また議事録も原則的には作成されていなかつたが、営業委員会における価格問題の話合いは、右二社や精製会社まで含めた業界全体としてのコストアツプ計算に基づく転嫁案についての協議であり、ガイドラインが確定すれば、右二社もこれを遵守しなければならないので、ガイドライン案が了承された場合には、必ずその内容とそれにつき通産省当局の了承を得られた旨を右二社に伝達している。したがつて価格に関する営業委員会に右二社及び石油連盟事務局職員が出席しないというのは全く形式上の問題にすぎず、この点から右会合を営業委員会の会合でないということはできない。通産省担当官も営業委員長らの説明する転嫁案が元売一二社のみについてのものであるという意識は全くなく、業界としての転嫁案として受け取つており、また通産省担当官が価格問題についての意向を営業委員長に伝達するときにも、その意向が右二社に伝えられることは当然のことと考えており、右二社だけを特別に呼んで値上げの説明を聞いたり、意向を伝えたりしたことはない。

要するに、原告らが価格協定と論難する諸種の会合は、すべて営業委員会としてガイドライン行政指導の資料に供するため、原油値上がり等コストアツプに伴う製品価格転嫁上限幅改定案作成作業の一部にすぎない。

なお、元売一二社は営利を目的とする株式会社であるから、コストアツプが現実に存在する以上、行政指導によつてその転嫁幅の上限改定が承認されれば、その承認の限度内で、各自自主的に特約店との間で元売仕切価格改定の交渉を開始するのは当然のことであつて、右値上げ行動はあくまでも行政指導に起因してされるもので、営業委員会の会合の結論に基づき開始されるものではないから、前記営業委員会の会合と元売一二社の値上げ行動との間には法律上因果関係が存在しない。

(二) 特に民生用灯油の価格に関する行政指導について

(1) 民生用灯油と工業用灯油の区分

(ア) 両者の区分の経緯

民生用灯油とは、家庭その他一般消費者及び小口業務者の用に供される小口の取引単位の灯油を指し、工業用灯油とは、工業等の産業の用に供される大口の取引単位の灯油を指す。両者は、その流通経路、需要期が異なることから、在来から自ずから区分が存在していたのであるが、昭和四六年四月、OPEC攻勢に対処して、通産省当局が灯油価格について行政指導を行なうに当たり、右当局において両者を区分した。すなわち、通産省当局は、昭和四六年四月、原油値上がりを製品価格に転嫁することを抑制する行政指導を行なつたが、その際「一般消費者に直結する灯油については、今後とも価格上昇防止につき、所要の指導を行なう」旨を明らかにし、次いで同年一〇月にも右「一般消費者に直結する灯油」について元売仕切価格を同年二、三月水準を上限として据え置くことを指導し、同年一一月には元売各社に対し各社ごとの家庭用灯油の元売仕切価格の実績を報告するよう求めた。これらは、当時既に家庭用(民生用)灯油とその他の灯油の区分が可能であり、その区分が現実に行なわれていたことを示すものであり、以後、元売各社は、右行政指導に従つて一般家庭用に供給する灯油を家庭用(民生用)灯油として取り扱うようになつたのである。

(イ) 元売一二社の取扱いにおける両者の区分

元売一二社は、仕向先に応じ、一般消費者及び小口業務者の用に供される小口取引単位の灯油を民生用灯油、工業等の産業の用に供される大口の取引単位の灯油を工業用灯油と区分し、民生用灯油は、ガソリンスタンド若しくは灯油の店から一般消費者・小口業務者に供給し、工業用灯油は、元売各社の製油所若しくは油槽所から、船、タンクローリーで直接工場等の需要者へ納入し(ごく例外的に特約店から工場等へ納入されるものもあつたが、これらは特約店の申告に基づいて工業用灯油として処理した。)、両者は、流通におかれる段階において明瞭に区分がされていた。

(2) 民生用灯油元売仕切価格に関する行政指導

(ア) 昭和四六年四月の行政指導

通産省当局が昭和四六年四月原油値上がり分の製品価格転嫁につきいわゆる一〇セント業界負担の行政指導を行なつた際、同時に民生用灯油元売仕切価格凍結の行政指導をした((一)の(2)の(ア)参照)。

(イ) 昭和四六年度灯油需要期に関する行政指導

(一)の(2)の(イ)に述べたとおりである。

なお、通産省当局は昭和四六年一一月、元売各社に対し、遡つて同年二月以降の家庭用灯油の元売仕切価格及び今後毎月の同価格の報告を命じ、これにより民生用灯油の価格等の実体を把握し、かつ業界の協力度を厳重に監視した。

(ウ) 昭和四七年度灯油需要期に関する行政指導

昭和四七年一月にジユネーブ協定、同四八年一月にリヤド協定が成立し、原油価格は更に高騰を続け、他方国内では、昭和四七年七月、四日市公害訴訟判決があり、低硫黄分燃料に対する需要が急増した結果、中間留分の不足が予測される事態となつてきたが、通産省当局は、昭和四七年九月一日消費者懇談会の席上「家庭用灯油は、……価格の安定が必要であるので、行き過ぎないよう指導する」旨を発表し、同年一一月二九日付石油連盟あて文書で「一般消費者に供給の不安を与えることのないよう万全を期されたい」旨を、昭和四八年四月二〇日付石油連盟あて文書で「貴連盟内の体制を整備し、全元売りの協調のもとに、業界全体として、灯油、軽油、A重油の安定供給に努められたい」旨をそれぞれ指導した。

(エ) 昭和四八年八月の民生用灯油元売仕切価格の上限改定に関する行政指導

石油連盟営業委員長が昭和四八年六月末ころ通産省当局に対し、民生用灯油を含む中間三品の元売仕切価格につき一キロリツトル当たり一〇〇〇円の値上げ幅による上限改定案の承認を申し入れ、通産省当局がその実施を一か月延期するよう指導し、元売各社がこれに従つたことは、(一)の(3)の(エ)に述べたとおりである。

(オ) 昭和四八年度灯油需要期に関する民生用(家庭用)灯油元売仕切価格に関する行政指導

資源エネルギー庁当局は、昭和四八年一〇月一日記者会見の席上、「家庭用灯油の元売仕切価格は、需要期においても現状以上に引上げないよう業界各社の協力を求める」旨を明らかにし、同月九日付石油連盟あて文書をもつて、元売各社の元売仕切価格を同年九月末の水準(全社平均で一キロリツトル当たり一万二九〇〇円)で凍結するよう指導した。

(カ) 昭和四九年三月及び五月の行政指導

資源エネルギー庁当局は、昭和四九年三月一六日、元売各社に対し石油製品元売仕切価格の値上げを認めたが、家庭用灯油については、なお凍結措置を継続し、同年五月三一日に至りはじめてその元売仕切価格につき、昭和四八年一二月水準(全社平均で一キロリツトル当たり一万二九〇〇円)に対し一万二四〇〇円を上限幅として昭和四九年六月一日以降その値上げを認める旨の行政指導を行なつた。

以上のように、民生用灯油の元売仕切価格は、行政指導により、昭和四六年四月に同年二、三月の価格一キロリツトル当たり一万二〇八一円(全社平均、以下につき同じ。)で凍結され、昭和四八年八月に一キロリツトル当たり一〇〇〇円の値上げ幅で上限改定が認められたが、その直後の同年一〇月一日に九月末の価格、一キロリツトル当たり一万二九〇〇円で再凍結され、昭和四九年五月末までこの価格での凍結が継続された。原油の四倍以上の値上がりに対し、僅か八二〇円(六・八パーセント)の値上げが許容されたに過ぎず、およそ経済原則から遊離したものであるが、元売一二社はこの指導に従い、その上限の範囲内で各社自由に元売仕切価格を形成していた。

もつとも元売一二社の民生用灯油元売仕切価格の値上げは、ある程度類似の時期に、類似の幅で行なわれていた。しかし、これをもつて価格協定が存在したと即断することはできない。ある商品について、その品質、性状について、また消費者に与える効用について、その商品の供給者による差がほとんどない場合には、その商品の価格形成過程でいわゆる一物一価的傾向が働いて、共通の変動傾向を示すのは、よく知られた事実であるし、民生用灯油を含む石油製品価格の変動要因には、〈1〉石油製品のコストの主要部分を占める原油価格については、元売一二社すべてについて同一時期、ほぼ同一幅で値上がりが発生し、この点についての各社のコスト事情は全く同じであること、〈2〉原油価格に次いで、本件対象期間における大きなコスト上昇要因は、キロリツトル当たりの固定費上昇であるが、この上昇をもたらした石油製品需要の伸びの鈍化は、各社にコスト上共通の影響を与えていること、〈3〉通産省のガイドライン行政指導は、全元売会社に共通して適用される油種ごとの値上げ上限幅、値上げ開始許容月日を示す形で行なわれているので、各社がその範囲内で行動すれば、各社の値上げ傾向は互いに似かよつたものとならざるを得ないこと、といつた特徴があり、民生用灯油の元売仕切価格上昇について元売一二社共通の傾向が存在することは当然であるからである。

(3) 民生用灯油小売価格に関する行政指導

民生用灯油の小売価格に関する行政指導についても、資源エネルギー庁当局は、昭和四八年一〇月一日付の文書により、小売価格について、便乗値上げを排除して円滑な供給を確保するように小売業界を指導すること、価格の動きを監視し、買占めや売惜しみがあれば、「生活関連物質等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律」(昭和四八年法律第四八号)に基づく立入調査を実施することを明らかにし、次いで同年一一月二八日付の文書で、家庭用灯油の小売価格について一八リツトル三八〇円(店頭渡し、容器代別)とする指導上限価格を設定し、全国石油商業組合連合会、全国燃料団体連合会等を通じそれを遵守するよう行政指導を行なつた。

右指導上限価格は、昭和四九年一月にそのまま「国民生活安定緊急措置法」(昭和四八年法律第一二一号)に基づく「一般消費者向け灯油」の小売価格についての標準価格として設定告示され、右標準価格は昭和四九年五月三一日限りそれが廃止されるまで存続した。

(三) 独禁法第二条第六項の要件不該当

元売一二社の所為は、独禁法第二条第六項の要件に該当しない。

(1) 元売一二社は、相互にその事業活動を拘束したことはない。

通産省当局及び資源エネルギー庁当局によつて行なわれた石油製品元売仕切価格に関する行政指導は、許容すべき値上げの上限を示すもので、値上げを勧告、奨励するようなものでなかつたことは、いうまでもないし、元売一二社も、他社と共同して、右上限価格まで値上げをすることを共謀したり、互いに事業活動を拘束し合つたりした事実は全くない。

民生用灯油の元売仕切価格についていえば、本件購入者らが灯油を購入したとする期間に関連して上限価格改定に関する行政指導が行なわれたのは、昭和四八年八月から従前の上限価格につき一〇〇〇円の値上げ幅で改定がされ、同年一〇月から同年九月末の価格水準で凍結されただけであるが、同年八月以前の各社の元売仕切価格の決定はもとより、それ以後の決定も、元売一二社がそれぞれの状況に基づき、それぞれの判断とやり方で、他社との関連なしに行なつたものである。

(2) 元売一二社の所為は、公共の利益に反しない。

わが国政府の石油政策は、業法第一条の趣旨にそい、公共の利益すなわち国民生活の安定を実現確保すべき政治目的達成のために、強力な行政指導によつて遂行されてきた。すなわち、OPEC攻勢開始以来一貫して民生優先の立場をとり、民生用灯油価格を必要最低限の水準に抑制するとともに、元売各社に対し繰返し必要量の確保を指示してきたし、原油値上り分の油種別価格転嫁についても元売各社の自由にまかせず、各社から絶えず情報の提供を求め、全社平均の形で、許容すべき油種別転嫁の上限額を算出し、これによつて国内価格の形成に強力に介入する政策をとつてきた(いわゆるガイドライン行政指導)。このような国家的政策実施の結果、わが国経済は原油価格の急速、大幅な値上げの吸収に成功し、国民生活にいささかの破綻を来たすこともなかつた。

してみれば、政府が行政指導によつて、元売仕切価格の形成について抑制的介入を行ない、その上限額の設定又は改定に対し、業界が協力し、これに従うことが、仮に外形上価格協定に当たるとしても、本件行政指導は、まさに公共の利益のために行なわれたものであり、これに対する業界の協力により、結果的にも国民経済の発展と民生の安定が確保されているのであるから、公共の利益に反するところは全くない。

(3) 元売一二社の所為により、競争が実質的に制限されたことはない。

本件行政指導は、民生用灯油元売仕切価格の上限の設定に過ぎず、それ以外に元売一二社がその元売仕切価格を値上げすることを相互に義務付けたり、値上げを期待し合つたりした事実はなく、値上げをしたくない会社や、戦略的に値上げを見合わせた方がよいと判断する会社があるなら、値上げをしない自由があつた。

もともとわが国では、業法により精製設備と販売手段の両面で厳重な規制があり、価格の引下げによつて顧客が増大しても、これに供給する自社製品の販売量に限度があるから、安売りによるシエアの拡大は不可能に近く、一物一価の原則により、いたずらに自社を含めた業界全体の利潤を低下させる結果を招くに過ぎない。もし市場に供給が過剰であるなら、製造原価による限界はあつても、ある程度の価格引下げ競争はあり得るが、需要が旺盛で、価格を引き下げるまでもなく、自社製品の販売量のすべてを消化し得る市況であれば、価格を引き下げることは、自社の利潤を低下させるだけであるから、現実には起こり得ない。

本件で本件購入者らが灯油を購入したとする期間は、度重なる原油の値上がりにより、それ以前の国内価格では対応できない情況が例外なく全社に発生し、かつ油種転換による灯油の需要増や、異常な物価上昇などがあり、灯油の元売仕切価格は上げざるを得ない、また上げても売れるという事態になつていた。このような条件の下では、各社がそれぞれ価格引上げを志向し、値上げが通つてゆくのは当然の理であり、放置すれば、灯油の元売仕切価格は行政指導によつて抑制された現実の価格をはるかに超えたものと推定される。

したがつて、元売一二社がそれぞれ昭和四八年八月の上限価格改定により、その水準まで民生用灯油の元売仕切価格を値上げしようとしたとしても、これが競争制限の結果であるとするのは、失当である。

(四) 独禁法適用除外

仮に元売一二社の所為が外形上独禁法第二条第六項に該当するとしても、右所為は、独禁法の適用が除外される場合に該当する。

すなわち、独禁法第二一条は、電気事業、瓦斯事業等の公益事業につき適用除外を法定し、更に同法第二四条の三において不況に対処するための共同行為につき、同法第二四条の四において企業合理化のための共同行為につき、いずれも公取委の認可を条件として、独禁法の適用除外を法定しているほか、同法第二二条、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外等に関する法律」は、右法律によつて指定された事業法令に基づく正当な行為につき、独禁法の適用除外を定めている。このように独禁法が公益事業の分野につき適用除外を認め、かつ反社会性のないカルテルを「善いカルテル」と肯認して適用除外としていることは、公益に関する行為については、独禁法の効力の及ばないことを承認しているものと解せられる。しかして、本来独禁法適用除外を法定すべきであるのにかかわらず、法の不備のため適用除外規定が存しない場合において、行政庁が法律に従い、国民の福祉実現のため緊急の措置として規制的行政指導をなし、相手方が公益のためこれに協力したときは、それが独禁法の精神である消費者保護と国民経済の健全な発達に背馳するものでない限り、右協力行為についても前記適用除外に係る法条を準用して、これを独禁法の適用から除外すべきである。

ところで、石油業法は市場における自由競争を一定の限度で制約することをその立法趣旨とし、本来独禁法の適用除外を規定すべきであるのにかかわらず、これを欠くものであるところ、本件において通産省当局又は資源エネルギー庁当局がした行政指導は、石油業法等に基づき物価抑制という緊急の目的のためにされた極めて強い規制指導であり、元売一二社もその社会的使命を自覚してこれに全面的に協力したもので、その行為は前記独禁法の精神に合致するものであり、しかもその行政指導はあくまでも値上げ上限幅の設定であつて、その上限内における自由競争が行なわれており、価格の下限を設定したものではないから、全く反社会性を帯びないいわゆる「善いカルテル」というほかなく、独禁法第六章の適用除外の規定の準用により、同法第三条、第二条第六項は適用されないというべきである。

また、公取委事務局長は、昭和四八年一一月三〇日、通産省事務次官との間で、「石油需給適正化法及び国民生活安定緊急措置法の実施等に関する覚書」を取り交わし、次いで同年一二月六日、経済企画庁事務次官との間で、同趣旨の覚書を取り交わした。右各覚書は、「通商産業大臣又は主務大臣の指示監督に基づいて、事業者又は事業者団体が行なう次のような事項に関する行為は、独禁法の規定に牴触しないものであることを確認する。」として、その事項の(ハ)で「標準価格等通商産業大臣の指示する石油製品の価格を遵守するための協力措置」を挙げている。ある法律が期待する目的価値実現のための適法な行為が、他の法律によつて違法とされることがあつてはならないことは、当然の法理であり、右各覚書は、このような一般的法理を、石油需給適正化法及び国民生活安定緊急措置法の実施等に関して起こり得る独禁法との関係において、具体的に確認したものである。そしてこの法理は、右二法の実施の場合だけに限られず、石油業法、その他の法律に根拠を置く適法な行政指導に対する事業者又は事業者団体の協力行為と独禁法との関係についても当然に妥当する。したがつて、本件における通産省当局の適法な行政指導に対する元売一二社の協力行為が独禁法第二条第六項の規定に該当するとすることは、右法理に違背することが明らかであり、この点からしても、右協力行為については、独禁法の適用は除外さるべきである。

(五) 超法規的違法阻却事由の存在

仮に右(四)に述べたように独禁法の適用除外に関する規定の準用が許されないとしても、元売一二社の本件協力行為には、超法規的違法阻却事由が存在する。

すなわち、本件における通産省当局及び資源エネルギー庁当局の行政指導は、OPEC攻勢等による未曽有の原油価格値上げに対処し、物価への影響を最小限に喰いとめるためにとられた緊急かつ最重要の行政措置であつて、経済法である独禁法を超越して国民全体のため必要不可欠の重大な経済施策といわねばならず、しかもその内容は独禁法の目的である一般消費者の利益の確保と国民経済の健全な発達に背馳せず、これに対する元売一二社の協力行為は、上記目的に寄与するものであることも明らかである。このような協力行為を一概に形式上独禁法第二条第六項に該当すると断定してしまうことは、経済法の目的を超えた国民福祉のための緊急かつ最重要施策である物価対策を非難し、あわせて独禁法の目的をも否定することに帰着するから、そのように断定することは法体系全体から考えても著しく妥当性を欠き、結局元売一二社の協力行為には法の基本精神からして超法規的違法阻却事由が存在する。

また元売一二社の協力行為が独禁法第二条第六項の規定に該当するとすることは、(四)に掲記の各覚書によつて確認された法理に違背することは、(四)に述べたとおりであるから、もし独禁法の適用除外に関する規定の準用が許されないならば、右の点からして、右協力行為については、超法規的に違法性が阻却されると解すべきである。

3  請求の原因2について

右事実のうち、公取委の勧告、元売一二社の応諾及び右応諾に基づく本件審決に関する原告らの主張事実並びに被告らが本件審決に対して出訴期間内に取消訴訟を提起しなかつたことは認める。しかし、本件審決によつては民生用灯油につき不当な取引制限をしたとする審決があつたとはいえないこと及び本件審決書に事実として記載された協定と原告らが立証する協定と重要な部分で喰い違うことは二の2で述べたとおりであり、本件訴訟提起当時本件審決が未確定であつたこと、本件審決は被告九州石油に対しては無効であることは、それぞれ二の4、5で述べたとおりである。

なお、勧告審決は審決書に記載された独禁法違反行為の存在を確定するものでもなく、また公取委による同違反行為の認定は裁判所を拘束するものでもない。また被告らが右勧告を応諾したのは、違反行為が存在したからこれを自認して応諾したものではなく、通産省当局及び資源エネルギー庁当局の強い慫慂によるものであり、本件審決には、右違反行為の存在につき、事実上の推定力もない。

4  請求の原因3の(一)について

右事実は不知。別紙第七記載の各灯油小売業者が元売一二社の特約店、販売店又は灯油の店であるか否かは、別紙第九記載のとおりである。

なお、特約店、販売店及び灯油の店の用語の意義は次のとおりである。

特約店 元売会社と石油製品に関する継続的な売買契約を締結して石油製品を仕入れ、卸売り又は一般消費者への販売を行なつている石油販売業者であるが、二以上の元売会社、特約店などから継続的又は一時的に仕入れている者もある。

販売店 主として元売会社の特約店から石油製品を仕入れ、一般消費者又は石油販売業者への販売を行なつている石油販売業者

灯油の店 元売会社、その特約店又は販売店から灯油を仕入れ、主として一般消費者への販売を行なつている小売店

5  請求の原因3の(二)について

右は争う。

(一) 元売仕切価格の引上げにより、必然的に小売価格が上昇するという関係にはない。

市場における小売価格は、単純な事情により形成されるものではなく、現実には需給のバランス、中間流通段階における諸経費の変動、需要者側等における仮需要の発生等全般の経済状勢の変化等によつて変動するものであり、後述のように民生用灯油の小売価格はその元売仕切価格の動きとは無関係に上昇している。

(二) 元売りと小売りとの間には、各種業者間の自由な取引が介在するから、仮に原告ら主張のような本件値上げ協定が存在したとしても原告ら主張の小売価格の上昇との間の因果関係は中断されている。

(1) 民生用灯油については、その流通経路は極めて錯綜しており、元売会社の流通支配とか系列化とか称し得る流通経路は存在しない。すなわち、家庭用灯油の取引分野においては、いわゆる石油ルートと称されている特約店、販売店のほかに、薪炭ルートと称されている薪炭商、石炭商が存在し、更に、暖房器具商、雑貨商、米穀商、食料品小売業、金物商、牛乳小売業、薬品小売業、酒類販売業、スーパーマーケツト、電気商、青物商、商社、農業協同組合、生活協同組合、その他季節商人が副業又は兼業で家庭用灯油を販売しており、また、薪炭、石炭商の大問屋は元売会社と取引関係にあるのが通例である。

(2) 元売会社から末端の小売業者に至るまでには、数々の卸売問屋等が介在し、その各業者間の取引は各当事者の自由な意思に基づく商取引であり、その価格は各当事者間の交渉によつて決定された。

(ア) 元売仕切価格

元売仕切価格は、元売一二社の支店による販売店等との交渉の結果定まるもので、その交渉は、各支店により、各販売店により、また市況によつても異なる。元売一二社がそれぞれの主体的条件、需給動向等の客観的条件を勘案し、また個々の特約店等の主体的条件、需給動向等の市場条件を前提として、特約店等との間で交渉し、このような交渉の結果、個々の特約店等に対する元売仕切価格が当該特約店との間で合意されていた。

(イ) 卸売価格

特約店の小売店等に対する卸売価格について、元売一二社がその特約店に対して指示その他注文をつけた事実は全くない。もつとも昭和四八年一一月資源エネルギー庁当局により家庭用灯油の指導上限価格が設定された際、右当局の指示により特約店に対しその趣旨を徹底させるよう指導したことはあるが、これがなんら違法といえるものでないことはいうまでもない。

特約店による灯油の販売価格は、特約店と小売店又は二次卸業者との間の自由な商取引において、各当事者の自由な意思による交渉の結果決定されるものであり、取引数量、支払条件、市況その他種々の条件が考慮され、その価格は売り先によつて異なつてくる。元売仕切価格は単にその交渉における価格決定の一つの要素に過ぎない。

(ウ) 小売価格

小売価格について、元売一二社が指示その他注文をつけた事実は、(イ)に述べた資源エネルギー庁当局による指導上限価格設定のときを除き、全くない。

民生用灯油の小売価格は、各小売業者が受渡条件、支払条件、商売の方針、労働条件、流通経路、地域の条件等種々の条件を勘案し、自ら又は顧客との交渉により決定していたもので、これら条件を反映して、小売業者間においても、また同一の小売業者についても顧客ごとにばらつきがある。

(三) 工業用灯油の元売仕切価格の値上げが民生用灯油の小売価格の高騰をもたらしたことはない。

工業用灯油の元売仕切価格が民生用灯油の元売仕切価格を超えるようになつたのは、昭和四八年一一月以降のことであるが、同年一一月には、小口業務用灯油を家庭用灯油に含ましめる行政指導がなされ、民生用灯油と工業用灯油の区分は一層明確化されており、他方民生用灯油の元売仕切価格及び小売価格は、ともに行政指導により凍結されていたから、工業用灯油の価格引上げが民生用灯油の価格の高騰をもたらすなどということは、全く起こり得なかつた。

(四) 選定者らの灯油購入については、以下述べるような特殊性があるから、仮に本件値上げ協定が存在したとしても、この点からも選定者らの購入価格の上昇との間の因果関係は中断されている。

すなわち、村越管工と選定者らとの間には川崎生協とその班が介在し、選定者らは何人から灯油を購入したのかその法律関係は明確でなく、また選定者らの支払う代金のうち灯油一八リツトルにつき一〇〇円は、個別的発注業務、配送業務、支払業務のいずれをも全く担当しない川崎生協の収入となつているなどその購入価格の形成は異常であり、更に貯油施設を有しない村越管工が大量の灯油を川崎生協の組合員に供給していることなどからしてその供給経路も通常のものではなかつたと認められる。

(五) 公取委意見書について

公取委意見書は、以下詳述する如く、違法かつ不当であつて、裁判所の判断の資料とはなし得ないものである。

(1) 裁判所は、独禁法第八四条に基づくとして、昭和五〇年三月七日付文書により公取委に意見を求めた。しかし、右求意見のためには、〈1〉請求原因事実の主張において欠けるところがなく、これにより公取委において原告がいかなる流通経路のいかなる段階における損害の発生を主張しているかを認識できること、〈2〉公取委の確定審決があること、〈3〉確定審決と請求原因事実とが符合していることが要件とされるところ、右求意見当時本訴は右要件を充足していなかつたから、右裁判所の求意見は違法である。

(ア) 求意見当時、原告らは、灯油を「購入した」と主張していたが、これが「売買契約を締結しその履行を経た」との趣旨であるならば、その相手方を特定しなければ法律上の「売買契約」の主張たり得ないものである。また村越管工なる者が流通の中間段階にあることを明らかにしていたが、村越管工に灯油を販売したのは誰であるのか、村越管工から灯油を購入した法主体は誰であるのかを明らかにしていなかつた。かかる状況で裁判所が求意見をしたことは違法である。

(イ) 求意見当時、本件審決は確定していなかつた(二の4の主張参照)から、裁判所が求意見をしたことは違法である。

(ウ) 本訴において、原告らは灯油を購入したことにより損害を受けたと主張しているが、本件審決では民生用灯油については排除措置が命ぜられておらず、民生用灯油についての審決は存在しない(二の2の(一)の主張参照)から、裁判所の求意見は違法である。

(2) 公取委意見書の内容は、以下述べるとおり違法かつ不当である。

(ア) 本件審決では民生用灯油については排除措置が命ぜられておらず、民生用灯油についての審決は存在しない(二の2の(一)の主張参照)のであるから、公取委としては、求意見に対し、審決は存在しない旨を述べるべきであつたのに、あたかも民生用灯油について審決をした事実があるかの如き意見書を提出したのは違法である。

(イ) 公取委が損害の額について意見を述べたのは不当である。本件審決は元売仕切価格に関するものであり、小売価格については認定の必要がなく、認定されていない。公取委の意見は、審決及びこれに関連して公取委が知得した資料に基づいてなさるべきところ、本件審決の性格から明らかなように審決に関連して小売価格に関する資料を収集する必要は全くなかつたのであるから、仮に公取委が若干の資料を有していたとしても、審決に関連して知得した資料とはいい難く、意見の基礎とはなし得ないからである。

(ウ) 公取委意見書第二項は、違法行為と損害発生についての因果関係に係る意見であるところ、損害賠償請求事件における因果関係の存否についての判断は、裁判所の専権に属し、公取委がこれにつき意見を述べることは許されず、極めて不当である。

(エ) 公取委意見書第二項は、「被告らの販売する価格が上昇すれば、……小売価格の引上げが行なわれることは……石油販売業界において顕著な現象であつた……」と述べているが、市場における小売価格は、現実には需給のバランス、中間流通段階における諸経費の変動、需要者側等における仮需要の発生等社会全般の経済状勢の変化等によつて変動するものであり、右意見は価格の変動に関する実状無視の空論で、経験則に反する不当な意見である。

(オ) 公取委意見書第三項は、確立された損害賠償の理論に反する。

同項(一)前段は、あたかも違法な価格協定があつた場合には、これに基づく損害額の算定に当たり、原油の値上げ、人件費、諸経費等の上昇による適正な値上げ分についての考慮が不要であるかの如く述べているが、右のようなコスト上昇に伴う元売仕切価格の値上がりは価格協定の有無とは関係のない適正な値上がりであつて、この値上がり分について考慮することを要しないとする意見は、不当である。

同項(一)後段において、在庫原油による製品について値上げすることが違法であるかの如き意見が述べられているが、仮にそのような値上げが行なわれたとしても、企業会計原則によつて是認された行為であつて他から非難を受ける筋合はない。製造業を営む企業にとつて、在庫原料による製品の値上げ分は、次の値上がりした原料を再調達するための購入資金に充当されるものであつて、当該値上げは、購買資金確保の建前から当然の行為である。

同項(二)において、中間流通業者が元売価格の引上げとなんらの関連もなしにそれぞれの販売価格を引上げた事実があるならば、その金額は差引くべきであると述べつつ、それは当該事実が証拠によつて立証された場合に限るとしているが、右後段の意見は、裁判所のみが判断し得る立証責任の分配に公取委が論及している点において、また右意見の内容自体、不当に立証責任を転換させている点において二重の誤りを犯している。

6  請求の原因3の(三)について

右は争う。

(一) 独禁法第二五条により賠償を請求し得べき損害の不存在

独禁法第二五条第一項にいう「不当な取引制限」の「被害者」とは、その構成要件上、当該取引分野に参入していた取引の相手方をいい、それからの転得者は含まれないことは、二の3において述べたとおりである。本件購入者らが石油製品元売市場に参入していなかつたことは、その主張において明らかであるから、仮に本件値上げ協定が存在したとしても、本件購入者らはその「被害者」に該当せず、したがつて、独禁法第二五条により賠償を請求し得べき損害を蒙つているとはいえない。

(二) 民生用灯油の元売仕切価格の低廉性

元売一二社の民生用灯油の元売仕切価格は、公正かつ自由な競争により形成されたであろう価格より低廉であつた。

(1) 石油製品の値上がりの主な要因は、原油の値上がりである。

石炭から石油へのエネルギー源の急速な転換は、世界的に石油需要の急激な増大を惹起させ、またこの需要を満たす供給可能な産油地域が中東周辺に集中したことにより、OPEC原油、特に湾岸六か国から生産される原油への依存度が年々増大してきていたが、このような原油事情のもとで、湾岸六か国は、次のように、湾岸六か国と国際石油会社の諸協定に基づき原油価格の値上げを行ない、または一方的な値上げを実施した。

〈1〉 昭和四五年一一月一四日の第一次原油公示価格引上げ

〈2〉 昭和四六年二月一五日のテヘラン協定に基づく原油公示価格引上げ

〈3〉 昭和四七年一月二〇日のジユネーブ協定に基づく原油公示価格引上げ

〈4〉 昭和四八年一月一日リヤド協定に基づく国際石油会社取得原油の原価上昇

〈5〉 昭和四八年六月一日の新ジユネーブ協定に基づく原油公示価格引上げ

〈6〉 昭和四八年一〇月一六日の湾岸六か国声明に基づく原油公示価格引上げ

〈7〉 昭和四九年一月一日の湾岸六か国声明に基づく原油公示価格引上げ

これらの結果、原油公示価格及びわが国が輸入する原油の実勢価格は、一キロリツトル当たり一万円以上高騰した。

右は国際石油会社の原油取得コストの上昇によつて生じた原油価格の値上がりで、国際石油会社でそのコスト上昇分をそのまま転嫁してきたものであるが、わが国における輸入原油価格は、国際石油会社が世界的な原油市場の需給関係を背景にコストに関係なく原油価格を引き上げるいわゆる市場調整値上げによつても上昇した。

右湾岸六か国以外のOPEC諸国でわが国に関係ある産油国(インドネシア及びアフリカ三国)も、湾岸六か国の動きと前後して原油の値上げを行なつたが、これら諸国の原油は、世界的に需要の多い低硫黄原油であるため、その引上げ幅は、湾岸六か国のそれを大幅に上廻り、特にインドネシア原油については、公示価格の設定がなく、市場価格の設定について、政府の指示が行なわれているが、その値上げ幅は、中東原油のそれを大きく上廻つている。

(2) 元売仕切価格の形成

石油製品は連産品であり、原油価格の上昇その他原価の上昇分を製品別に配分する絶対的な尺度又は理論的尺度は存在せず、等価比率配分方式も便宜的な一方法に過ぎない。そこで原油価格の上昇により国内石油製品価格の上昇が避けられない事態となると、製品別需要者層それぞれの負担能力への配慮、国内物価対策への配慮、複雑な連産品生産の需給バランス調整への配慮等を総合的に勘案して、国家が政策的誘導を行なう必要が生じ、原価上昇分の製品別配分について、通産省当局又は資源エネルギー庁当局が関与することとなつた。

右行政当局は、原油価格値上がりに伴う元売仕切価格の上限改定に当たつては、その有する資料に加えて、元売各社から徴求した資料を検討し、更に石油製品の価格体系、諸物価に対する影響等を総合的に考慮した上、元売仕切価格の上限額を定め、これを元売各社に指示し、指導した。元売一二社は、右行政当局の総合的、個別的管理の下に、上限額の範囲内においてのみ販売が可能であつたに過ぎず、行政当局の定める上限額の範囲内で販売していたのであるから、元売一二社の元売仕切価格は適正価格を形成していたというべく、少なくとも、それは自由市場において形成されたであろう価格より廉価に設定されていた。

(3) 本件値上げ協定の実施がなかつたならば形成されたであろう民生用灯油の元売仕切価格(想定元売仕切価格)の推定

(ア) 現実に存在した価格からの算定

価格協定の実施により価格が上昇したのであるならば、その排除措置によつて価格は協定前の価格に収斂するはずであり、もし価格が旧に復さないとすれば、それ以外の値上がり要因が作用していたと解さざるを得ない。

本件審決に係る排除措置は昭和四九年六月に終了した。ところで、民生用灯油元売仕切価格は、資源エネルギー庁当局により、昭和四八年一〇月一日から昭和四九年五月三一日まで昭和四八年九月末の実勢価格一キロリツトル当たり一万二九〇〇円に凍結され、実勢価格もおおむね同額であつたが、昭和四九年六月一日からはその上限価格が二万五三〇〇円に改定され、実勢価格もおおむね同額となつたのであり、このような事実からみて想定元売仕切価格が現実の元売仕切価格を下廻つたとは認められない。

(イ) エツソ石油及びモービル石油の価格との比較

本件値上げ協定に全く無関係であつたエツソ石油及びモービル石油の民生用灯油の元売仕切価格は、元売一二社のそれとほとんど同額であつたから、このことからも元売一二社の民生用灯油の元売仕切価格は適正であつたことが明らかで、想定元売仕切価格が現実の元売仕切価格を下廻つたとは認められない。

(ウ) 売価還元方式(等価比率配分方式)による算定

昭和四八年三月の寒波襲来、昭和四七年一一月からの大気汚染防止法に基づく燃料規制の強化、昭和四八年一〇月の大量の仮需要の発生により、昭和四八年三月から一〇月まで灯油需要は予測を超えた急増を示し、このような需給背景下においては、原価上昇があれば、その元売仕切価格が上昇することは不可避である。

したがつて、この期間における灯油の元売仕切価格が、その需給上、原価上の事情を素直に反映できる状況にあつたとするならば、その価格は、「過去の競争価格」に「その後の原価上昇分」及び「それ以上の需給要因による値上がり分」を加えた価格となつていたであろうが、ここでは原価上昇分がどの程度あり、それにより市場価格(元売仕切価格及び小売価格)がどの程度になつたであろうかを、売価還元による等価比率配分方式で算出してみると、その結果は別紙第一〇のとおりである。

なお、右計算は、〈1〉国内経費の上昇分は無視し、原価上昇は原油代上昇分のみにより計算し、また小売価格についても流通経費の増加は除外して計算し、〈2〉過去の競争価格は、各年の需給事情が異なるので単一の特定年度の価格のみによるのは適切でなく、また民生用灯油については夏場の不需要期の価格水準は現実的意味を持たないので、平均的な競争状態における競争価格という意味で、昭和四〇年度から昭和四六年度までの各下期の価格の単純平均値を過去の競争価格とし、また通産省当局の灯油価格抑制の行政指導の起点となつた昭和四六年二月時点の価格を起点とした計算も行なつた(昭和四六年度下期は、例年にない暖冬で灯油価格が暴落したときであるので、この期から昭和四七年上期にかけての灯油価格をもつて、正常な競争価格とすることはできない。)。

右によれば、想定元売仕切価格は現実の元売仕切価格を上廻つており、小売価格においても想定価格は現実価格を上廻つている。

行政当局による灯油価格抑制の行政指導は、放置すれば大幅値上がりの可能性があるから抑制したもので、右行政指導自体が灯油価格の値上がりの必然性を証明するものである。

(エ) 輸入した場合の価格との比較

灯油を製品輸入した場合を想定しても、中東積出港における灯油の船積出港渡し価格及びそのわが国入着価格の推移とその時点におけるわが国内の民生用灯油元売仕切価格の推移とを対比すると、わが国内で精製された灯油が遙かに低廉であり、この検討からも、想定元売仕切価格は、現実の元売仕切価額を下廻つていない。

(オ) 行政指導価格

民生用灯油元売仕切価格については昭和四六年四月以降行政当局の行政指導を受けていたことは、2の(二)に詳述したとおりである。行政当局は右価格指導に当たつては、元売各社の原油価格、精製費、販売費、金利等の価格構成要素等の資料に基づき、精細に検討して適正価格を算出した上、物価抑制の観点から、右適正価格を相当抑圧した価格をもつて指導上限価格としたものであるから、元売一二社が右指導上限価格の範囲内で販売をしている限り、その価格は想定元売仕切価格を上廻ることはない。そして元売一二社は右指導上限価格を遵守して販売してきた。

(三) 原告ら主張の損害算定方法の不当性及び損害の不存在

(1) 独禁法第二五条に基づく損害賠償の対象となる損害は、商品の購入者については、違反行為がなければ形成されたであろう適正価格と現実の購入価格との差額である。右適正価格の推認方法としては、前後比較法(長期比較法)、同時比較法、コスト分析法があるが、原告ら主張の直前購入価格水準から、これと現実の購入価格との差額をもつて損害額とすることは失当である。けだし、原告ら主張の直前購入価格水準が想定購入価格に一致するはずはないのみならず、右直前購入価格水準は、店頭渡しなのか配達渡しなのか、容器代込みなのか、容器代別なのかその受渡条件が不明であり、この点は原告ら主張の現実購入価格についても同様であるから、この両者を比較してもなんら意味がないからである。

そして、前後比較法によれば、適正価格は、価格協定実施前の価格とその実施が終つた後の価格をなだらかに結んだ曲線ということになるが、もし原告らが損害の存在を主張立証するのであれば、現実購入価格が右曲線より上にあることを主張立証しなければならない(しかも、本件においては、本件購入者らと元売一二社との間には直接の取引関係はないから、仮に直接取引者以外の者に損害賠償請求権を認めるにしても、原告らとしては、元売価格、小売価格及びその中間の卸売価格が全く同じ型の変動をしたことを主張立証しなければならない。)。また現実の購入価格が価格協定の実施のみによつてもたらされたのであるならば、右実施が終つた後は、その価格は直前価格となるはずであるから、原告ら主張のような方法によつて損害を算定すべきであるとするならば、直前価格と現実の購入価格を主張立証するだけでは足りず、終了後の価格が値下がりして、直前価格とほぼ等しくなつたことを主張立証する必要がある。しかるに、原告らは右のような主張立証をいずれもしていない。

(2) 民生用灯油小売価格の上昇要因としては、〈1〉仕入価格の上昇、〈2〉小売業者段階における固有のコストアツプ、〈3〉市況、すなわち需要の増大に大別されるが、本件に係る昭和四八年以降においては、「小売業者段階における固有のコストアツプ」として、人件費の大幅な増大があり、「市況」としては民生用灯油の需要の予想外の増大があり、「仕入価格の上昇」以外にも大幅な上昇要因が存在した。そして、等価比率配分方式により算出された民生用灯油の小売価格は別紙第一〇のとおりであることは前述のとおりである((二)の(3)の(ウ)参照)から、右上昇要因を考慮すれば、本件値上げ協定の実施の有無にかかわらず、民生用灯油の小売価格は上昇し、想定購入価格が本件購入者らの現実購入価格を上廻ることは合理的に推測し得る。

(3) 民生用灯油について違法な小売価格は存在しないから、この点からも本件購入者らに損害発生の余地はない。

すなわち、資源エネルギー庁当局が昭和四八年一一月二八日付文書で家庭用灯油の小売価格について一八リツトル三八〇円(店頭渡し、容器代別)とする指導上限価格を設定し、この価格は昭和四九年一月に国民生活安定緊急措置法に基づく標準価格として引き継がれ、同年五月三一日まで存続したことは前述のとおりである(2の(二)の(3)参照)。このように右指導上限価格設定以降の民生用灯油の小売価格は、行政当局の完全な管理下にあつたのであるから、小売価格の違法、不当を論ずる余地は全くない。

右指導上限価格設定以前の民生用灯油の小売価格は市場の一般原則によつて決まつていたのであつて、やはりなんら違法、不当のものではなく、その間の原油価格の急上昇を考えるならば、逆に不自然に低い水準を維持していたといい得る。それは、もつぱら行政当局の強力な元売仕切価格抑制の行政指導による。

(4) 民生用灯油の小売価格の上昇要因は、(2)に述べたとおりであり、元売仕切価格の上昇は、それが仮に小売価格に転嫁されているとしても、「仕入価格の上昇」という要因の一部分を構成するに過ぎない。そして昭和四八年当時「仕入価格の上昇」以外にも大幅な小売価格の上昇要因が存在したことも、(2)に述べたとおりである。してみれば、元売仕切価格の上昇は小売価格上昇の一要因となることがあるにしても、小売価格の上昇額すべてが元売仕切価格の上昇に起因するということはできない。そのように主張して、小売価格の値上がり額全額が損害であるとする原告らの主張は、他の小売価格の値上がり要因の存在を無視するもので失当である。

四  二の被告らの本案前の主張についての原告らの反論

1  被告らの二の1の主張(法第八五条第二号の違憲性)は、争う。

2  被告らの二の2の主張(審決の不存在)は、争う。

(一) 法第二六条にいう「審決」とは、単に審決書の「主文」のみに限られるべきものではなく、審決書の総体から考察されるべきもので、審決書中の「公正取引委員会の認定した事実」と「これに対する法令の適用」の項で明らかにされている「違反事実」こそ、法第二六条にいう「審決」の核心となるものである。

(二) 公取委の審決は、私的独占・不当な取引制限その他の違反行為の認定とそれに対する必要な排除措置命令よりなつている。この排除措置命令は、違反行為によつてもたらされた違法状態を除去し、公正かつ自由な競争秩序維持のために必要な具体的措置を命ずることがその内容となる。

法第五七条第一項は、審決書に「公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用」を示すべきものとしているが、「主文」に関する規定はなく、規則第七一条により審決書に「主文」を記載するものとされている。この「主文」に記載されるのが前述の「違反行為を排除するための具体的措置」に該当する。

このように、審決書の「主文」は「公正取引委員会の認定した事実」に基づく公正かつ自由な競争関係の回復のために必要な行政措置であり、このような「主文」と「認定事実」との関係からみれば、本件審決の対象は、本件第五の協定とその実施のみであるとする被告らの見解が、失当であることは明らかである。

(三) 法第四八条第一項による勧告は、勧告書の謄本を送達して行なうものとされ、この勧告書には「一 事実及び法令の適用、二 違反行為を排除するための具体的措置」の記載が必要とされている(規則第二〇条第一項)。勧告を受けた者は、勧告書記載の主文や事実、あるいは法令の適用について不服ならば、これを応諾しない自由を有し、また右勧告書謄本には、応諾すれば勧告と同趣旨の審決をする旨の通知書が添付されている(規則第二〇条第二項)。

したがつて、勧告を応諾するということは、勧告と同趣旨の審決が出されることを当然のこととして応諾するということであつて、審判手続を経由していないからといつて、「事実」欄に記載された違反行為たる「公正取引委員会が認定した事実」は、審決の基礎とならないとか、主文に対応する極く一部の事実を違反事実として認めたに過ぎないとかいうことはできない。

勧告審決も、行政処分の一種である以上、当該処分庁たる公取委の事実の認定が基礎となつており、勧告の応諾は審判手続を不要にする効果をもつに過ぎず、審決の基礎は、当然に、公取委の認定した事実、違反行為にあるということができる。

(四) 審決の「主文」に記載される排除措置命令は、違反行為によつてもたらされた違法状態を除去し、公正かつ自由な競争秩序を回復するという行政目的実現のために、公取委がその合理的な裁量によつて定めた必要最少限度の措置をとることを命令するものに過ぎない。他方、法第二五条第一項の規定からすれば、同条に基づき事業者が損害賠償の責に任ずべき違法行為は、公取委が審決の基礎として認定した「独占禁止法の規定に違反する行為」ということができる。そして右違法行為の範囲は、勧告書及び審決書中の公的判断である「法令の適用」の項において公取委がいかなる範囲の事実に関し法令を適用したかによつて、確定される。

ところで、本件における勧告書及び審決書では、その「法令の適用」の項において、「右の事実に法令を適用した結果は、次のとおりである。」としており、「右の事実」とは、灯油に関しては、順次五回行なわれた本件値上げ協定とその実施を指すことは、本件審決書の表現からして明らかである。したがつて本件値上げ協定とその実施の全体が、本件審決の対象となつているのである。

また、昭和五二年法律第六三号による独禁法の改正前には、被告ら主張のような主文による違法宣言措置をする根拠規定を欠いていた。

なお、本件値上げ協定とその実施には、以下の如き特質が存在し、この点からも本件購入者ら購入の灯油につき審決が存在することが明らかである。

(1) 本件審決によると、本件第一ないし第三の協定は「灯油」について、本件第四の協定は「民生用灯油」と「工業用灯油」について、本件第五の協定は「工業用灯油」について行なわれたとしている。しかし、「工業用灯油」と「民生用灯油」とは、化学的にも物理的にも全く同質で、かつ外観も全く同じであり、その流用も極めて容易であるから、本件購入者らが購入した灯油は、そのいずれであるか全く不明である。両者はこのような関係にあるから、本件第五の協定で「工業用灯油」の値上げ協定とされているのも、実質的には「民生用灯油」を含む「灯油」全体についての協定であつたということができる。

(2) 本件の如く、値上げ協定が締結され、それが実施されているときに、更に値上げ協定が行なわれるということは、前者による競争制限を前提として、後者が行なわれ、前者が後者に吸収されることを意味する。このような形で協定が繰り返されたときは、最後の協定は全ての協定を吸収し、競争制限状態は、本件第一の協定から継続したものとして成立していることになる。五回の協定がつぎつぎと積み重ねられていることの本件審決書の記載は、本件第五の協定のこのような性格を示すもので、この協定に集積された競争制限の実体を示すものである。したがつて、本件審決はこのような協定の集積によつてもたらされた競争制限状態の破棄を命じたものであり、競争制限の行なわれていない状態、すなわち本件第一の協定も存在しない状態への回復をもたらす趣旨でなされたものである。

要するに、主文において本件第五の協定の破棄を命じた本件審決は、右協定に向けて集積された本件値上げ協定全体の破棄を命じたものであつて、本件値上げ協定全体が実質的にも本件審決の対象となつていたのである。

3  被告らの二の3の主張(原告適格の不存在)は、争う。

独禁法第二五条第一項は、「被害者」につき被告ら主張のような限定を付していないし、そのどこにも、被告ら主張のような解釈の契機となる表現はない。また法第二六条第一項が審決の確定を訴訟要件としているのは、法第二五条第二項の無過失責任制度等との関係からであつて、被害者の範囲と関連するものではない。被害を受けたかどうかは、元売仕切価格についての値上げ協定の実施と消費者の購入価格の値上がりとの間に相当因果関係があるかどうかによつて決すれば足りる。また法第二五条による請求は、不法行為の特殊類型に基づいて請求するものであるから、当事者間の契約関係の有無を問題にする余地もない。

価格協定によつて損害を蒙つた者は、一般消費者も、流通段階の中間者もすべてその被害者である。このように解したからといつて、行為者が二重支払の危険を負担することにもならない。けだし、中間者がその受けた被害を他に価格転嫁したとすれば、その中間者はその転嫁分については損害を蒙つたことにならないので、各段階からの請求額の総和は、本来行為者が負担すべき損害賠償義務の範囲を上廻ることはないからである。

これを実質的に考えてみても、本件のような価格協定の場合、その取引の相手方による次の相手方、そして一般消費者への転嫁が当然予想されるのであつて、この場合、被告らの主張の如くであれば、直接の相手方は実質的には損害を蒙つていないから損害賠償請求をしないであろうし、一般消費者は相当因果関係ある損害を蒙つていても賠償請求はできないこととなり、結局違反者は何人からも賠償請求をされずにすみ、法第二五条は全くの死文と化する。この帰結を避けようとすると、すでに損害を転嫁ずみの直接の取引の相手方にも賠償請求権を認めるほかないが、そうすると、この相手方は填補されるべき損害がないのに、賠償のみ受けられることとなり、理由のない不当な利得の発生を法が認めることになる。

4  被告らの二の4の主張(本件訴訟提起当時における審決の未確定)は、争う。

五  三の被告らの主張についての原告らの反論

1  行政指導に対する協力行為であるとの主張(三の2の(一)の主張)について

(一) 行政指導と独禁法との関係

行政指導とは、一般に「行政機関がある行政分野に属することがらについて、法令の執行、適用として特定の個人、法人、団体等に強権的に命令、強制したりするのではなく、特定の個人、公私の法人、団体等に非権力的、任意的手段をもつて働きかけ、相手方の同意又は協力の下に行政機関がかくありたいと望む一定の秩序の形成をめざして、これらの者を誘導する一連の作用をさす。」とされているが、右行政指導が「法律の優先」の原則に反する方法では許されるものでないことはいうまでもなく、右原則は、〈1〉各省設置法等に定められた権限の枠を超えて行動し、他の国家機関の任務遂行を妨げることの禁止、〈2〉現に効力のある法令に違反することの禁止などを含むものである。

したがつて、独禁法が厳存している以上、その適用除外を認める明文の規定が存在しない限り、同法に牴触する行政指導は許容されるものではなく、違法であり、仮にそのような行政指導がされたとしても、それによつて独禁法違反が治癒されるものではなく、同法違反行為との関係では全く影響を及ぼさない。

(二) 行政指導(ガイドライン改定)と本件値上げ協定の関係

行政指導の存在は、独禁法違反の成否に影響を与えるものでないことは(一)に述べたとおりであるから、本件値上げ協定の存在が証明されれば、行政指導の存在に関する被告らの主張は全く意味がない。仮に行政当局がなんらかの形で本件値上げ協定に加担していたとすれば、右当局と元売一二社とは共犯関係にあることになる。

元売一二社において、被告ら主張のように値上げ幅、時期につき通産省当局等の承認を求めるという行為にでたのは、結局本件値上げ協定を隠蔽し、かつ協定細目の決定、実施を容易にするためであつた。

2  独禁法第二条第六項の要件不該当の主張(三の2の(三)の主張)について

(一) 元売一二社は、相互にその事業活動を拘束したことはないとの主張は争う。

元売一二社は、各社が販売シエア拡大のため激しい競争をしており、単独で値上げをすれば、自社系列の特約店を他社系列へとくら替えさせる危険があるなどの石油業界の実情をふまえた上で、相互に事業活動を拘束し、互いに協定価格を遵守させることを当然の前提として、本件値上げ協定を締結した。これに違反した元売会社があれば、これを締結した他の元売会社や元売各社加盟の石油連盟から生産量の配分や各種情報の提供その他につき種々の不利益を受けることが当然予想され、これら不利益が元売一二社の事業活動を拘束していた。

(二) 元売一二社の所為は、公共の利益に反しないとの主張は争う。

価格協定は、それ自体公共の利益に反するものである。

(三) 元売一二社の所為により、競争が実質的に制限されたことはないとの主張は争う。

元売一二社は値上げを相互に義務付け、足並みを揃えて同時期に同額の値上げを行なつている。元売各社は販売シエアの拡大をはかるべく、安売り競争を続けてきており、本件値上げ協定実施当時も、単独で値上げをすれば、自社系列の特約店を他社系列にくら替えさせる危険があり、値上げは協定を結んで業界全体として行なわざるを得ない状況にあつた。

3  独禁法適用除外及び超法規的違法阻却事由の存在の主張(三の2の(四)及び(五)の主張)について

(一) 仮に被告らの主張するように通産省当局又は資源エネルギー庁当局により石油製品の値上げ幅の上限が設定された事実があるとしても、本件では元売一二社が価格協定により値上げをしたことが問題となつているのであつて、値上げ幅の上限設定の問題とは場面が異なる。右上限の設定は、元売各社自らが値上げをする指標の設定に過ぎない。そしてその指標まで値上げをしなければならないものでないことは当然の理である。したがつて被告らの右各主張は、いずれもその前提たる事実を欠くものである。

(二) 独禁法適用除外の主張について

被告らの右主張は、独禁法が定める適用除外規定の解釈を逸脱するものである。右適用除外規定の法意は必ずしも一義的に解することはできないが、いずれにしても規定の形式から明らかなように実体的手続的要件が明確な基準として定められている。その理由は独禁法が経済活動の基本的行動ルールであり、その解釈についても法的安定性が最重要視されるところにある。被告らの主張のように独禁法がケースバイケースによつて適用されることになれば、法的安定性を決定的に損ない、独禁法の持つ経済活動の基本的行動ルールたる性格を破壊することは明らかであり、解釈論としては全くとり得ない。

(三) 超法規的違法阻却事由の存在の主張について

超法規的違法阻却事由は、刑事裁判等において人権保障の観点から講学上問題となる場合があるが、その場合においても正当防衛や緊急避難と同視し得る緊急性の要件等が議論され、結局実質的には否定されている現状にあり、民事事件においてはこれが論ぜられることは皆無である。

元売一二社の所為がいかなる視点からも右要件を充足しないことは明らかである。

4  選定者らの灯油購入については特殊性があるとの主張(三の5の(四)の主張)について

被告らは、選定者らの支払う代金のうち灯油一八リツトルにつき一〇〇円は川崎生協の収入になつていたと主張するが、そのような事実はない。村越管工のマージンを一八リツトルにつき一〇〇円と定め、そのうちから川崎生協が手数料として一〇円を受け取ることを合意していたのである。

5  独禁法第二五条により賠償を請求し得べき損害の不存在の主張(三の6の(一)の主張)について

この主張に対する反論は、四の3において述べたとおりである。

6  想定元売仕切価格の推定に関する主張(三の6の(二)の主張)について

(一) 原価上昇分の価格転嫁について

(1) 被告らの論理は帰するところ、原価上昇分を転嫁するための価格協定は、独禁法第二五条の想定する不法行為とはならないということになりその失当たることは明らかである。

(2) 原価上昇分を、直ちにそのまま消費者に転嫁することを相当とするいわれはない。それは、需給関係による価格決定の原則を無視するものであるし、経済界の実情にも合わない。原価の上昇が元売仕切価格にはねかえるかどうかは、まず需給関係によつて決められる事柄であるところ、本件値上げ協定当時、需給関係は価格を押し下げる方向にあり、灯油については二年続きの暖冬も影響して供給過剰で価格は低迷し、昭和四六年設定の一キロリツトル当たり一万二〇八一円の指導上限価格を二年間にわたつて大きく割り込んだままであつた。また直前価格自体不当に高く設定されたものであつて、元売各社はこれによつて既に多くの超過利潤を得ていた。したがつて、仮に本件値上げ協定がなかつたとするならば、原価上昇があつたとしても、それらは、これまでの超過利潤の蓄積によつて吸収され得たであろうし、また吸収せざるを得ず、安易な価格転嫁はできなかつたはずである。特に灯油は石油危機前において他の石油製品に比較し不当に高く価格設定されていたし、また国際的に対比してもわが国の原油輸入価格は主要原油輸入国中最も低廉であつたのにかかわらず、灯油を主力とする家庭用燃料の国内価格は、他国より高く設定されていた。

(3) 原価はそれほど上昇していなかつたことは、以下のとおりである。

(ア) 原油の値上がり

昭和四七年一月から昭和四八年一〇月までに、例えばアラビアン・ライトの公示価格は、一バーレル当たり二・四七〇ドルから三・〇一一ドルへ値上がりしているに過ぎない。円換算でこれをみると、昭和四七年一〇月の一キロリツトル当たり四九三〇円に対し昭和四八年一〇月は一キロリツトル当たり五七七八円で、八四八円、一七・二パーセントの上昇にとどまつている。石油製品価格中に原油価格が占める割合は、本件値上げ協定が実施されていた当時約六〇パーセントであつたから、仮に原油値上がりが石油製品価格にそのままはねかえるとしても、はねかえりは約一〇パーセントにとどまる。

(イ) 国内経費

国内経費のうち、固定費はむしろ減少している。すなわち設備投資総額は昭和四六年以来当時まで逐年減少しており、製品一キロリツトル当たりの設備投資額も同様である。また公害防止設備、保安防災設備に投ぜられた費用も昭和四六年以来横ばいの状況にあつた。更にこの時期に被告らの借入金は減少しており、このことは金利負担が減少したこと及び積極的に返済が可能なほどに利益を蓄積したことを意味する。加えて、公害防止対策として重油脱硫装置については昭和四五年以降その設備償却費と金利負担等について減税措置が講ぜられている。

国内経費のうち運賃負担が増大した事実もない。

(二) 被告らが三の6の(二)の(3)の(ア)で主張する値上げ協定の前後価格からの算定の不当性について

値上げ協定の排除措置によつても一度上昇した価格が旧に復さないことは周知の事実である。

また、被告らは右主張において昭和四八年九月の価格一キロリツトル当たり一万二九〇〇円をとらえているが、本件第一の協定による価格引上げ時期は昭和四八年一月一日であり、引上げ基準時は昭和四七年一〇月であるから、遅くも昭和四七年末の価格をとらえるべきである。また本件値上げ協定実施中の実勢価格は一万二九〇〇円以下ではなく、本件購入者らは著しく高騰した灯油を購入させられていたのであり、一万二九〇〇円は通産省が凍結した価格というだけで、現実の元売仕切価格とは著しく齟齬している。

(三) 被告らが三の6の(二)の(3)の(イ)で主張するエツソ石油及びモービル石油の価格との比較の不当性について

価格協定の弊害は、市場支配力のある者達が協定を結ぶことによつて、一定の取引分野における価格競争を排除し、製品価格の維持あるいは引上げ等を図ることにあるのであつて、価格協定が締結された場合には協定外の企業の製品価格をも巻き込んで価格を上昇させることになる。本件においても、わが国の石油製品の販売について圧倒的なシエアを持ち、市場支配力を有している元売一二社が価格協定を結び、これを実施したことによつて、協定に加わらなかつたエツソ石油及びモービル石油の製品をも含めて、協定の対象となつた石油製品のすべての価格を高騰させたのである。

(四) 被告らが三の6の(二)の(3)の(ウ)で主張する試算の不当性について

(1) 被告らは、国内経費の上昇分を無視したとしているが、技術革新や合理化による経費節約、特に原油処理能力の上昇など、コストダウンにつながる要因のあることをことさら無視している。国内経費が横ばいないし下落傾向にあつたことは(一) に前述のとおりである。

(2) 被告らは過去の競争価格として、昭和四〇年度から昭和四六年度の各下期の価格の単純平均値又は昭和四六年二月の価格をとらえているが、灯油のような季節的な需給変動と価格変動のある商品の価格の場合には、過去の同月比で見るのがもつとも妥当であり、また本件当時のようなインフレ昂進期にあつては、直近の時点である前年との比較で見るのが合理的であるから、結局前年同月の価格と比較すべきである。

(3) 別紙第一〇の〈1〉原油代は、被告らの計算方法に従つても、昭和四八年一〇月以外はすべて誤つている。昭和四八年一一月から昭和四九年三月までそれぞれ一三〇円、一六五円、二〇六円、三四五円、三五四円となる。

(4) 輸入原油が輸入した月間に元売りを経て小売りに至ることはない。したがつて原油値上がりが当該月間に元売仕切価格に反映し、更にその月のうちに小売値にまで響くことはあり得ない。原油貯蔵期間、精製に要する期間、製品在庫期間を見ると、優に六か月は必要である。

(5) 被告らは灯油の等価比率を昭和三七年一一月の資料から一・三二としているが、比較は直近の資料によるべきであるから、本件の場合、昭和四七年の等価比率によるべきである。

(6) 灯油の等価比率一・三二というのは、全く合理性がない。もともとガソリン、灯油などについて等価比率を高く定めているのであつて、その決め方自体政治的恣意的である。原油値上がり分を等価比率によつて上乗せすることは、灯油をますます高くし、重油等をますます低くし、不公平を一層助長する。

(7) 別紙第一〇に〈6〉現実値として示されているものは、被告ら主張の昭和四八年一〇月以降の指導上限価格を一八リツトル当たりに換算しただけのものであり、現実の元売仕切価格は右上限価格と同一額で推移してはいない。

以上の諸点のうち、修正可能なものは修正し、それが不可能なものは被告らの主張するところに従い、別紙第一〇に対応する計算を行なうと、別紙第一一のとおりとなる。原油値上がり分がそのまま製品価格に転嫁されたとしても、昭和四九年三月までのどの時点をとつても、等価比率で配分した場合と単純に配分した場合のいずれをとつても、想定される価格は、現実の価格よりも低いことが明白である。

(五) 被告らが三の6の(二)の(3)の(エ)で主張する輸入価格との比較の不当性について

被告らの右主張は、石油製品価格を決定するに当たり重要な要因となるべき生産コスト、需給関係等を全く捨象している。更に灯油の製品輸入自体、当時行なわれておらず、仮に輸入しようとしても極めて困難であつたというべきであるから、被告らの主張は、その前提を欠くものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一被告らの本案前の主張についての判断

一  独禁法第八五条第二号の違憲性の主張について

この点に関する被告らの主張は、これを要するに、法第二五条の規定による損害賠償に係る訴訟については、三審制を排除し、二審制を採用すべき合理的理由はないから、法第八五条第二号の規定は、日本国憲法第三二条及び第一四条第一項に違反する旨を主張するものである。

よつて検討するに、日本国憲法第三二条は、すべての者に対して日本国憲法及び法律の定める裁判所において裁判を受ける権利を保障しているが、右規定は三審制を保障したものではなく、裁判所の裁判権の分配、審級その他の構成は、法律に委ねられているものと解すべきであるから、法第八五条第二号が二審制を採用しているからといつて、右規定が右第三二条に違反するということはできない。そして、法第八五条第二号が右損害賠償に係る訴訟についての第一審の裁判権を東京高等裁判所に属するものとしたのは、右訴訟が公取委の審決の確定を前提とするものであり、その訴訟の特殊性による専門的かつ統一的判断の必要性に鑑み、これを一つの裁判所に集中して審理判断せしめることとするとともに、被害者からの損害賠償請求が理由があるときは、迅速に最終的救済を与え得るようにすることにより、事業者による独禁法違反行為の禁遏をも図ろうとする趣旨に出たものと解せられ、しかも右要請に応えるために、法第八七条は、東京高等裁判所に法第八五条及び第八六条に掲げる事件のみを取り扱う裁判官の合議体を設け、その合議体の裁判官の員数を五人とすることを定めているのであるから、法第八五条第二号所定の訴訟が損害賠償に係る訴訟であつて、公取委の審決を審判の対象とするものでないからといつて、右訴訟につき二審制を採用することが、合理性を欠くものということはできず、右訴訟につき二審制を採用した法第八五条第二号の規定は、日本国憲法第一四条第一項に違反するものではない。

二  審決不存在の主張について

1  被告らは、民生用灯油については、不当な取引制限をしたとする審決を受けていないとの主張について

被告らは、勧告審決は、違反行為を排除するための措置についての勧告が応諾されたときに、右勧告と同趣旨の審決をするものであるから、この審決の対象たる事実は、排除措置命令の対象となつた事実をいでないものというべきところ、本件審決書の主文によれば、排除措置は、本件審決書(別紙第五)の事実欄記載の各事実のうち、二の(三)のハの事実とその実施に係る事実についてのみ命ぜられているから、審決は右事実についてのみ存在し、その余の各事実については存在しないと主張する。

しかしながら、本件審決に係る審決書の記載は別紙第五のとおりであることは当事者間に争いがないところ、右記載によれば、本件審決は、元売一二社が短日時の間に相次いで行なつた石油製品の値上げ協定とその実施に係るところの、右審決書の事実欄二の(一)のイ、同ロ、二の(二)、二の(三)のイ、同ロ、同ハの各事実とその実施に係る各事実を摘示し、右各事実が独禁法第二条第六項に規定する不当な取引制限に該当し、同法第三条後段の規定に違反するものとした上、その主文第一項において元売一二社に対し右二の(三)のハの協定の破棄を命じ、その主文第二項において、元売一二社が第一項の破棄命令に基づいてとつた措置及び元売一二社が、今後、共同して、石油製品の販売価格を決定せず、各社がそれぞれ自主的に決める旨を石油製品の取引先及び需要者に周知徹底させることなどを、その主文第三項において、元売一二社は、石油製品の購入量、販売量、在庫量及び販売価格を公取委の指示するところに従い昭和四九年二月以降一年間、公取委に報告することをそれぞれ命じていることが認められ、右第二、第三項と事実欄の記載とを総合すれば、本件審決は、その主文において、右二の(三)のハの協定とその実施についてのみならず、事実欄二記載のその余の各協定とその実施についても、これを排除するための必要な措置を命じていることが明らかである。したがつて、本件審決は、右二の(三)のハの協定とその実施についてのみならず、本件審決書の事実欄二記載のその余の各協定とその実施についてもなされたものというべきであるから、民生用灯油については審決を受けていないとの被告らの主張は理由がない。

もつとも、本件審決の取消請求事件(東京高等裁判所昭和四九年(行ケ)第六二号、第六三号、第六五ないし第六七号、第七一号事件)につき、右裁判所が昭和五〇年九月二九日言渡した判決の判決書に、公取委の「本件審決の理由中に本件排除措置の基礎となる違反事実以外の違反事実も記載されていることは認める。しかし、これは単に事情として記載したに過ぎない。」との陳述及び裁判所の「本件審決書にその主文と直接関係のない原告らの違反行為が記載されていることは当事者間に争いのないところであるが、右記載は、主文と対照すれば、単なる事情として付記されたものと認められ、……」との判断の各記載があることは、原本の存在と成立に争いのない甲第一号証により明らかであるが、右裁判所の判断は、公取委が右のような陳述をした結果、なされたにとどまるものと認められ、本件審決書の記載を客観的にみれば、その事実欄二記載の協定及びその実施に係る事実を対象として、主文において排除措置を命じたものと認められること前示のとおりであるから、その一部を単なる事情の記載とする見解は、当裁判所の採用し得ないところである。

2  本件審決書に事実として記載された協定と原告らが立証する協定とは、重要な部分で喰い違つており、審決の主要部分が事実に反するとの主張について

右主張において被告らが本件審決のうち事実に反する部分として指摘するのは、事実欄二の(一)のイ及びロに摘示の各協定で「灯油」が協定の対象であつたとされている部分であるところ、右各協定は、後記認定の本件第一及び第二の協定にそれぞれ照応し、右各協定においては、「民生用灯油」を含む「灯油」全体が協定の対象となつていたとは認め難く、「工業用灯油」をその対象として認定し得るにとどまることは後記第二の一の4の(二)の(8)の(イ)に認定するとおりである。しかし「灯油」は「工業用灯油」を含むことは後記第二の一の4の(二)の(8)の(ア)に判示するとおりであるから、当裁判所の認定する右各協定につき、審決が存在するというに妨げはないことはいうまでもない。そして、原告らは本件購入者らが価格協定の実施により損害を蒙つた旨を主張しているのであるから、その主張し、かつ裁判所の認定する価格協定につき審決が存在する限り、訴を不適法とする理由は何もなく、裁判所は本件購入者らに右価格協定の実施に起因する損害があるか否かの本案の判断をすれば足りるのであつて、このことは原告らにおいて本件購入者らが何を購入したと主張していようと同じである(なお、本訴において原告らは本件購入者ら購入に係る灯油を民生用灯油と限定して主張しているのではないことは、その主張から明らかである。)。

被告らの主張は理由がない。

三  原告適格の不存在の主張について

被告らは、不当な取引制限の被害者として、法第二五条により損害賠償を請求し得るのは、不当な取引制限をした事業者の直接の取引の相手方に限られる旨を主張する。

しかしながら、法第二五条第一項は、不当な取引制限をした事業者は、「被害者」に対し損害賠償の責に任ずる旨を規定し、法第二五条及び第二六条からは右「被害者」を限定する趣旨は全く読み取れない。そして、独禁法が不当な取引制限を禁止する目的は、公正かつ自由な競争を促進し、ひいて一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することにあり(法第一条)、法第七章の無過失損害賠償責任制度も、これによつて個々の被害者の受けた損害の填補を容易ならしめることにより、審決において命ぜられる排除措置と相俟つて独禁法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとする目的に出たものであることからすれば、その他にも右「被害者」を限定的に解すべき根拠は見当らず、原告ら主張のように、元売業者らが価格協定を締結するなど不当な取引制限をした結果、相当因果関係のある損害を蒙つた者があるならば、たとえその者が右元売業者の直接の取引の相手方でなくても、法第二五条第一項の「被害者」というに妨げないというべきである。要は、本案において本件購入者らが相当因果関係のある損害を蒙つたか否かを判断すれば足りる事柄であつて、被告らの見解は採用できない。

四  本件訴訟提起当時における審決未確定の主張について

被告らは、本件訴訟が提起された昭和四九年一一月二二日当時いまだ本件審決は未確定であつたから、本件訴訟は不適法である旨を主張する。

しかしながら、公取委が昭和四九年二月二二日本件審決をなし、被告らはこれに対して出訴期間内に取消訴訟を提起しなかつたことは当事者間に争いがないから、本件審決中被告らに係る部分は当時出訴期間の経過により確定したというべきである。もつとも本件審決に対しては被審人である元売一二社のうち被告らを除く六社が当庁にその取消訴訟を提起し、昭和五〇年九月二九日同庁において請求棄却の判決があり、右六社からの上告に対し昭和五三年四月四日最高裁判所第三小法廷は上告棄却の判決をしたことは、当裁判所に顕著な事実であるが、数人の事業者らが共同してした不当な取引制限について公取委が併合して審判を行ない、審決した場合においても、それは各被審人に対しそれぞれのした違反事実について審判がなされ、各被審人それぞれに対し排除措置が命ぜられたのにほかならないから、それがすべての被審人につき合一に確定すべきものと解さなければならない理由はなく、他にその取消を求めて出訴した被審人があつても、出訴しない被審人については、審決は確定するものと解せられる。このように解しても、当該審決において命ぜられた排除措置の履行や法第二五条の規定に基づく損害賠償請求訴訟の裁判について、なんら不都合を生ずる余地はなく、被告らの見解は採用できない。

五  本件審決は被告九州石油に対しては無効との主張について

被告九州石油は、同被告は明らかに独禁法違反の行為者ではないから、同被告に対する本件審決は無効である旨を主張する。

成立に争いのない乙第一三〇、第一七九、第一八〇号証に弁論の全趣旨を総合すれば、被告九州石油は、もとその商号を辰巳商事株式会社と称し、東京都江東区門前仲町一丁目一三番一三号にその本店を置いていたが、昭和四六年六月三〇日その商号を九州石油株式会社と改めた後、昭和四八年一二月一日同都千代田区内幸町二丁目一番一号に本店をおいて石油精製・元売業等を営んでいた同一名称の商号の旧九州石油を吸収合併し(右吸収合併の事実は、当事者間に争いがない。)、同月一七日その本店を同年一一月二八日に旧九州石油の本店所在地に移転した旨の登記を了したこと、被告九州石油は、右合併に至るまでは、その商業登記簿記載の事業目的はともかく、石油精製・元売業等は全く営んでいなかつたこと、このような合併を行なつたのは、旧九州石油発行の株式は額面五〇〇円であつたところ、株式の市場性のためには額面五〇円の株式とすることが有利であることからであつて、被告九州石油は合併後旧九州石油がそれまで営んでいた営業を一切そのまま引き継いだことが認められる。

以上の事実を前提として、本件審決を見ると、九州石油株式会社に対する本件審決は、昭和四九年二月五日にされた法第四八条第一項の規定による勧告と同月一五日にされたこれに対する応諾に基づきされたものである(この事実は、当事者間に争いがない。)から、明らかに被告九州石油に対するものであり、主文によつて命ぜられた排除措置も被告九州石油に対し命ぜられたものと解するほかはないが、本件審決書の事実欄に九州石油株式会社の違反事実として摘示されている事実のうち、昭和四八年一二月一日以降における値上げ協定の実施を除く事実は、すべて同年一一月三〇日以前の事実であるから、旧九州石油の違反事実と解さざるを得ない。

しかしながら、前記合併は前記認定のような理由によるもので、被告九州石油は、旧九州石油がそれまで営んでいた営業一切をそのまま引き継いだことは前記認定のとおりであるから、旧九州石油がした後記認定の本件値上げ協定の締結及びその実施をそのまま容認し、更にこれを実施し続けたものといわざるを得ず、このように被合併会社にはじまる不当な取引制限を合併会社がそのまま継続していた場合には、合併会社が被合併会社の権利義務を承継することに鑑み、また違反行為を排除して公正かつ自由な競争を促進するという審決制度の目的に照らし、合併以前の被合併会社の違反行為をも併せて、合併会社に対しその排除措置を命ずる審決をすべきであり、法第七章の無過失損害賠償責任制度が、これによつて個々の被害者の受けた損害の填補を容易ならしめることにより、排除措置と相俟つて独禁法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとする目的に出たものであることからすれば、その審決は、その違反行為による被害者が被合併会社に対し取得し、合併会社がその義務を承継した損害賠償請求権及び右被害者が直接合併会社に対し取得した損害賠償請求権のいずれを裁判上行使するについても、法第二六条第一項の要件を充足すべき確定審決に該当するというべきである。

被告九州石油の見解は採用できない。

第二本案についての判断

一  独禁法第二条第六項所定の不当な取引制限に当たる所為の存否

1  本件審決の裁判所の事実認定に対する拘束力

公取委が昭和四九年二月五日元売一二社に法第二条第六項、第三条に違反する所為があるとして、法第四八条第一項所定の勧告を行ない、元売一二社は同月一五日右勧告を応諾し、公取委は、右応諾に基づき、同月二二日元売一二社に対し法第四八条第三項により別紙第五のとおりの本件審決をなし、被告らはこれに対して取消訴訟を提起しなかつたことは当事者間に争いがなく、本件審決中被告らに係る部分は当時出訴期間の経過により確定したというべきことは前示のとおりである。

しかしながら、勧告審決は、公取委による法違反行為の認定を要件とせず、法違反行為の排除措置をとることの応諾を要件としてされるのみならず、本件のような法第二五条による損害賠償請求訴訟については、法第八〇条第一項のような規定を欠いているのであるから、本件審決の存在が法違反行為の存在につきある程度の事実上の推定の資料となり得ることは否定し得ないとしても、その存在につき裁判所を拘束するものとは、到底考えられない。

よつて、以下において証拠に基づき原告ら主張の不当な取引制限に当たる所為の存否につき判断することとする。

2  書証の成立の認定等

以下3ないし5において挙示する各書証の成立の認定等は次のとおりである。

(一) 次の各書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。甲第三二号証の一、第四三、第四八、第四九、第五六号証、第五八ないし第八四号証、第八七、第八八、第九〇号証、第九二ないし第一〇三号証、第一〇八号証、第一一〇ないし第一一五号証、第一一七ないし第一一九号証、第一二一ないし第一三一号証、第一三四、第一三五号証、第一四三ないし第一四六号証

乙第七八ないし第八〇号証、第八一、第八三号証の各一、二、第八四、第八五、第八七号証、第八八号証の一ないし四、第九五号証、第九八号証の二、第一〇一号証の一ないし三、第一〇三号証、第一〇四号証の一ないし四、第一〇五号証の一、第一〇六、第一〇七、第一〇九号証、第一二二号証の一、二の各一ないし三、同号証の三の一、二、同号証の五の一ないし三、第一二三号証の一ないし三、第一二四ないし第一二八号証、第一二九号証の一ないし三、第一三〇号証、第一三一号証の一、三、第一三二号証の一、二、第一三三号証の一ないし五、九、一二、一三、第一三四号証の一ないし三、第一三五号証の一ないし三、五の各一、二、同号証の六、八の各一ないし三、同号証の九の一ないし五、第一三六号証の一、二の各一、二、同号証の三の一、三、同号証の四の一、二、第一三七号証の三、第一三八号証の二、第一三九、第一四〇号証、第一四一号証の一ないし四、第一四二ないし第一四四号証、第一四六ないし第一四九号証の各一、二、第一五〇号証の一ないし三、第一五一号証の一、二、第一五二号証、第一五三号証の一ないし三、第一五五号証、第一六四号証の一ないし六、第一六五ないし第一七〇号証、第一七一号証の一、二、第一七二ないし第一七六号証、第一八一号証

(二) 次の各書証の原本の存在及び成立は、いずれも当事者間に争いがない。

乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第七号証、第八号証の一、二、第九号証、第一〇、第一一号証の各一、二、第二五号証、第六三ないし第七四号証、第七五号証の一、二、第七六、第七七号証、第一一四号証の一ないし一〇、第一一五号証の一ないし六、第一一六号証の一ないし一六、第一一七号証の一ないし四、第一三三号証の一〇、一一、一六、第一五四号証の三の二、同号証の四の二

(三) 成立等が争われている書証の成立等の認定

甲第三二号証の二は、証人清水鳩子の証言(第一回)によつて成立が認められる。

乙第六号証は、乙第一六六号証によつて原本の存在及び成立が認められる。

乙第一八七号証の裁判所作成部分の成立は、当事者間に争いがなく、その余の部分の成立は、右裁判所作成部分によつて、これを認めることができる。

(四) 次に掲げる各書証は、これを証拠として挙示する場合、次のように取り扱う。

(1) 甲第五〇号証は、乙第一六六号証の一部である(但し、甲第五〇号証は写をもつて提出)ので、乙第一六六号証をもつて挙示する。

(2) 甲第五一号証は、乙第一六七号証と同一の書面である(但し、甲第五一号証は写をもつて提出)ので、乙第一六七号証をもつて挙示する。

(3) 甲第五二号証は、乙第一六八号証の一部である(但し、甲第五二号証は写をもつて提出)ので、乙第一六八号証をもつて挙示する。

(4) 甲第八五号証は、乙第一五二号証の一部であるので、乙第一五二号証をもつて挙示する。

(5) 甲第八六号証は、乙第一五〇号証の一の一部であるので、乙第一五〇号証の一をもつて挙示する。

(6) 甲第一三三号証は、乙第一六五号証の一部である(但し、甲第一三三号証は写をもつて提出)ので、乙第一六五号証をもつて挙示する。

3  元売一二社の営業等

被告らを含む元売一二社は、いずれも石油製品の元売販売等を営む者(元売業者)であり、そのうち被告九州石油は、昭和四八年一二月一日同じく石油製品の元売販売等を営んでいた旧九州石油を吸収合併し、一切の権利義務を承継した者であること、元売一二社の石油製品のそれぞれの販売量の合計は、いずれもわが国における当該製品の総販売量の大部分を占めてきていることは当事者間に争いがなく、甲第五六号証に弁論の全趣旨を総合すれば、昭和四八年における石油製品の元売り及び大口需要者に対する直売に係る販売数量の各社別明細は別表第一二のとおりであつて、元売一二社の販売数量は全体の約八六パーセントを占めていたことが認められる。

4  本件値上げ協定の成否

(一) 本件の背景事実等

(1) 本件当時に至るまでの原油価格の変動

甲第五六、第五八号証、乙第九八号証の二、第一〇一号証の一、証人田中一正の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

昭和四五年ころまでは、原油の世界的供給過剰傾向が続いていたが、同年九月以降OPEC(石油輸出国機構)が公示価格(産油国が取得する利権料及び事業税の基準となる価格、課税標準価格的なもの)の引上げ等(いわゆるOPEC攻勢)を開始してからは、原油価格の情勢は一変し、国際石油会社の原油販売価格の引上げが相次いで行なわれるようになつた。その状況は、おおむね以下のとおりである。

(ア) 昭和四五年九月にリビアが同国内の国際石油会社と交渉してリビア原油の公示価格の引上げに成功したのに始まり、イラン等ペルシヤ湾岸の産油国も産油会社と交渉して、同年一一月に相次いで公示価格及び事業税率の引上げに成功した(いわゆるOPEC第一次値上げ)。

(イ) 次いで、昭和四六年二月一四日、OPEC加盟のペルシヤ湾岸六か国(イラン、イラク、クウエート、サウジ・アラビア、カタール及びアブ・ダビ)は、国際石油会社との間に、公示価格の即時一律引上げのほか、同年六月一日及び昭和四八年から昭和五〇年まで毎年一月一日にインフレーシヨン調整としてこれを一定額それぞれ引き上げること(いわゆるインフレーシヨン条項)及び事業税率の引上げを含むテヘラン協定(昭和四六年二月一五日発効)を締結し、公示価格は、右協定により同年二月一五日から一バーレル当たり三五ないし四〇・五セント引き上げられ(いわゆるOPEC第二次値上げ)、更に同年六月一日から右協定発効日の翌日の公示価格に二・五パーセント上乗せし、かつ一バーレル当たり五セント加えた額に引き上げられた(いわゆるOPEC第三次値上げ)。

(ウ) 昭和四七年一月一九日、右ペルシヤ湾岸六か国は、国際石油会社との間において、スミソニアン協定によるドルの減価分を産油国に補償するため、テヘラン協定の補完協定として、同月二〇日から公示価格を八・四九パーセント引き上げるほか、今後毎三か月ごとに計算した通貨の変動が一定の比率を超えたときには公示価格を引き上げることなどを内容とするジユネーブ協定(昭和四七年一月二〇日発効)を締結し、公示価格は、右協定により右協定発効時点において一バーレル当たり一八・九セント程度引き上げられた(いわゆるOPEC第四次値上げ)。

(エ) 昭和四八年一月一日から、原油の公示価格は、テヘラン協定のインフレーシヨン条項により引き上げられた(いわゆるOPEC第五次値上げ)。

(オ) 昭和四七年一二月二〇日から昭和四八年一月一一日にかけて、サウジ・アラビア、アブ・ダビ、クウエート及びカタールの四か国は、それぞれその国内で経営する国際石油会社との間において、右各国が一定の比率に基づいて原油を取得し(この取得比率は毎年次高めていく。)、その一部を割高の価格で国際石油会社に買い戻させ、その余を産油国が直接市場で販売する(この対象となる原油を産油国直売原油、DD原油という。)ことなどを内容とする事業参加協定(リヤド協定等の総称で、パーテイシペイシヨンとも略称される。いずれも昭和四八年一月一日発効)を締結した。

(カ) 昭和四八年六月二日、前記のペルシヤ湾岸六か国等は、国際石油会社との間において、ジユネーブ協定の改定として、同年六月一日から公示価格を引き上げるほか、毎月の通貨変動幅の計算を行ない、その変動が一定比率を超えたときは公示価格を調整することなどを内容とする新ジユネーブ協定(昭和四八年六月一日発効)を締結し、その結果公示価格が引き上げられた。

(キ) 昭和四八年一〇月六日第四次中東戦争が勃発すると、前記のペルシヤ湾岸六か国は、同月一六日原油公示価格の引上げを一方的に宣言し、これに続き翌一七日、OAPEC諸国も一〇月から五パーセントの原油生産削減を行なうこと、イスラエルを支持するいわゆる非友好国に対する原油の供給削減を行なうことを宣言した。

(ク) 国際石油会社は、以上の公示価格の引上げ等を理由に原油販売価格を引き上げるとともに、DD原油の高値取引に刺激を受け、また原油の世界的需要増加を理由に、しばしばいわゆる市況調整値上げを行なつた。

(ケ) 他方、昭和四六年八月二八日から外国為替相場が変動相場制に移行したことにより円高となり、その後昭和四六年一二月二〇日スミソニアン協定によつて再び固定相場制に復帰したときには対ドル基準レートが三〇八円となり、更に昭和四八年二月一四日から再び変動相場制に移行し、円高に推移したことにより、原油を輸入するわが国の石油会社は為替差益の利益を享受した。

(2) わが国における石油業者団体

乙第一〇四号証の一、三、第一〇六、第一〇九、第一六五号証、証人多々井全二の証言を総合すると、石油精製、元売業者により昭和三〇年一一月一日に石油業の健全な発達を図ることなどを目的として設立された任意団体として石油連盟があり、昭和四八年当時の右連盟の会員は、元売一二社、エツソ石油、モービル石油の一四社を含めて、精製、元売業者合計三一社であつたこと、右連盟には、役員として、理事会を組織する理事及び理事会の選任によつて連盟を代表する会長等が置かれ、右理事会の下に業務の特定事項について審議する各種委員会が設けられていたこと、右委員会の一つとして営業委員会(以下、「営業委員会」というときは、これを指称する。)があり、原則として各元売会社及び右連盟事務局からそれぞれ推薦された正、副各一名の委員(元売各社からの正委員は、各社の販売担当役員)によつて構成され、石油製品の販売、流通に関する事項等を審議するものとされていたことが認められる。

また、甲第六六、第七一、第八一号証、乙第一〇一号証の一、第一〇四号証の一、四、第一二三号証の一、三、第一二八、第一四二、第一四四号証、第一四九号証の一、二、第一五一号証の一、第一六七、第一六八号証(乙第一五一号証の一のうち、後記措信し得ない部分を除く。)、証人田中一正の証言を総合すると、右営業委員会に、昭和四四年ころ重油専門委員会(以下、「重油専門委員会」というときは、これを指称する。)が設けられ、被告日本石油、同三菱石油、同大協石油、訴外出光興産、同丸善石油からそれぞれ選出された委員(おおむね各社の課長クラス)七、八名によつて構成され、その委員長は、被告日本石油の販売部副部長野田進一郎(以下、「野田(日石)」という。)であつたこと、右委員会は、当初通産省当局の協力の下に、公害対策のための低硫黄原油の輸入方策、脱硫装置等のコスト、低硫黄重油の供給可能量と供給コスト等を調査、検討していたが、昭和四六年二月ころからは、後記通産省当局の価格抑制指導により、原油値上がり等コストアツプによる石油製品の値上げ及びその油種別展開につき通産省担当官の了承を得ることの必要上、また通産省担当官からも原油値上がりに伴うわが国全体としての石油製品値上げの要否、その妥当な値上げ幅等の計算作業を行なうにつき業界の協力を求めたため、通産省当局の手持ち資料をも利用して、独自に又は通産省担当官と協力して、右計算作業をも行なうようになり、スタデイー・グループ、作業班とも呼ばれた(以下、「スタデイー・グループ」というときは、これを指称する。)ことが認められ、乙第一五〇号証の一、第一五一号証の一、第一五二号証記載の各供述のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

(3) 本件に至るまでの石油行政

(ア) 甲第五六号証、乙第八八号証の一ないし四、第一五二号証、第一五三号証の一に弁論の全趣旨を総合すれば、石油行政は、通産省鉱山石炭局が所掌していたが、昭和四八年七月二五日、同省の外局として資源エネルギー庁が設置され、その後は同庁石油部がこれを所掌していること、鉱山石炭局には、石油行政を分掌させるため、石油計画課、石油業務課、関発課が置かれ、石油計画課は石油及び石油製品に関する政策及び計画の立案に関すること等の事務を、石油業務課は石油精製業に関する許可及び認可に関すること、石油及び石油製品の需給の調整に関すること等の事務を、開発課は石油の開発に関すること等の事務をそれぞれ分掌していたこと、昭和四七年四月鉱山石炭局に参事官が置かれ、石油行政を分掌する各課の事務を統括し、それ以前は大臣官房に所属していた審議官が同様の事務を担当していて、実質的には石油部長ともいうべき地位にあつたこと、資源エネルギー庁発足後は、石油部計画課が石油計画課の、同部精製流通課が石油業務課の、同部開発課が開発課の各分掌事務をおおむねそのまま引き継いでいることが認められる。

(イ) 乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三、第六、第七号証、第八号証の一、二、第二五号証、第六三ないし第七四号証、第七五号証の一、二、第七六ないし第八〇号証、第八一、第八三号証の各一、二、第八四、第八五、第八七、第九五号証、第一〇一号証の一、第一〇四号証の一、二、第一〇五号証の一、第一〇七号証、第一一四号証の一ないし一〇、第一一五号証の一ないし六、第一一六号証の一ないし一六、第一一七号証の一ないし四、第一二二号証の二の三、第一二九号証の一、第一三二号証の一、第一三五号証の五の一、二、同号証の六の一ないし三、第一四二ないし第一四四号証、第一四八、第一四九号証の各一、二、第一五二号証、第一六六ないし第一六八号証(第一四八、第一四九号証の各一、二、第一五二号証のうち、後記措信し得ない部分を除く。)、証人松浦達也、同多々井全二の各証言を総合すると、昭和三七年の石油業法の制定施行後OPEC攻勢に至るまでの間は、通産省当局は、原油供給過剰による混乱をさけ、石油製品の市況の安定により、石油業者の体質を強化するとともに、適当な収益を石油業界にもたらし、長期的な意味において、業法の目的とする石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保することを基本的な行政目的とし、業法に基づくガソリン及びC重油の標準価格の設定、その他の油種についての価格指示、石油業界と石油化学業界との間のナフサの取引基準価格取決めについてのあつ旋依頼、一部油種についての価格抑制の各指導のほか、市場基盤整備及び生産調整による需給関係改善の各指導等専ら市況是正のための諸種の指導を行なつてきたこと、しかしOPEC攻勢開始後は、物価対策及び民生対策上の配慮から価格抑制的態度をとり、特に民生に大きなかかわりをもつ灯油については強い抑制的態度にでて、昭和四六年二月ころには、昭和四五年一一月以降の原油値上がり分を製品価格に転嫁すると、製品値上げ幅は全油種平均一キロリツトル当たり一一〇〇円と試算されたのにかかわらず、一キロリツトル当たり八六〇円を上限として製品価格転嫁を認め、残二四〇円については業界が負担するよう指導し(原油コストアツプのうち一バーレル当たり一〇セント分を業界で吸収負担するところから、「一〇セント負担」といわれる。)、更に昭和四六年三月業界側がこの指導に従つて油種別の展開案を作成したところ、一旦は灯油につき一キロリツトル当たり一〇〇〇円の値上げを了承する態度を示しながら、後に「一般消費者に直結する灯油」の元売仕切価格は同年二、三月の水準(元売各社加重平均価格一万二〇八一円)に凍結し、代りに大口需要者向けの石油製品であるナフサとC重油の元売仕切価格を値上げして補うよう指導し、同年四月一六日右一〇セント負担の趣旨及び「一般消費者に直結する灯油については、今後とも価格上昇防止につき、所要の指導を行なう」旨などを文書で明らかにしたこと、同年一〇月には、元売各社に対し、各社の灯油元売仕切価格は今冬は値上げを行なわず、各社それぞれの同年二、三月当時の価格に据え置きないしはそれ以下とするよう、また現在既にこの水準を上廻つているものは引き下げるよう指導し、同年一〇月一二日灯油消費・価格問題懇談会の席上で、消費者側に対しその旨を説明するとともに、そのころ同月一二日付文書で同様の趣旨を公表したこと、同年一一月二二日には元売各社に対し今冬の間は右指導上限価格の範囲内で仕切価格を変更する場合も予め理由を添えて石油計画課まで連絡するように命じ、また同月二五日右各社に対し、同年二月から毎月ごとの「家庭用白灯油」の元売仕切価格と今後毎月一日及び一六日の同価格の実績の報告を求めたこと、昭和四七年二月ころジユネーブ協定による原油値上がりを理由に石油製品の値上げの承認を求めた業界に対し、スタデイー・グループの行なつた計算を検討した上、従前の一〇セント負担の方針を維持し、平均約三〇〇円の値上げ幅による値上げを認めたが、このときも民生用灯油の元売仕切価格は据え置くよう指導し、なおその際折衝に当たつた営業委員長岡田一幸(以下、「岡田(日石)」という。)は、石油計画課長鈴木両平(以下、「鈴木課長」という。)から、今後値上げの必要が生じたときは、あらかじめ連絡するように指示されたこと、同年一〇月ころの灯油需要期を迎えるに当たつては、通産省当局は右のような価格指導を行なつていないが、それは当時の灯油価格が従前指導の価格水準を下廻つており、特に指導の必要を認めなかつたからであり、供給数量の確保を文書で指導するにとどめたことが認められる。

乙第一四八、第一四九号証の各一、二、第一五〇号証の一ないし三、第一五二号証記載の各供述のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

しかしながら、この当時においても、通産省担当官が右のような各指導を超えて、元売各社に対し価格協定を締結するよう指導したり、締結することを了承したりしたことを認めるべき証拠はない。

(二) 本件値上げ協定の締結

(1) 協定のための会合

甲第五八、第六一、第六四号証、第六六ないし第六八号証、第七一、第七三、第七四、第七六、第八〇号証、乙第一三三号証の九に弁論の全趣旨を総合すれば、石油製品元売会社間では、従前から製品の値上げについての協議が行なわれていたが、昭和四六年四月に営業委員会で行なわれた右協議が、公取委の審査を受けたことに鑑み、昭和四七年四月からは、価格問題の協議には参加しないことになつたエツソ石油及びモービル石油を除く全元売会社、すなわち元売一二社は、右各社選出の営業委員(営業委員は各社の販売担当役員であることは前示のとおりである。)らが集り、営業委員長主宰の下に協議を行ない、各社の石油製品の元売価格の値上げ幅及び値上げ時期を協定することとしたこと(以下、このような会合を「価格の会合」という。)、右会合は、正規の営業委員会が終了し、エツソ石油及びモービル石油選出の営業委員が退席した後に行なうなど正規の営業委員会とは厳格に区別され、正規の営業委員会と異なり、議事録も作成されず、石油連盟事務局の職員も出席しなかつたこと、右協議は、右のような事情から行なわれる協議であることから、単なる情報や意見交換の場ではなく、各協議の結果成立した協定は、これに参加した各社において実施する義務を負うものであつたこと(このことは、後記5に認定するように、元売一二社がそれぞれ協定の実施に努力した事実によつても裏付けられる。)及び本件当時元売一二社がそれぞれ選出していた営業委員は別紙第一三のとおりであつた(以下、右各委員はそれぞれ右別紙記載のように呼称する。)ことが認められる。

乙第一〇一号証の一、二、第一〇四号証の一ないし四、第一〇五号証の一、第一〇七号証、第一二三号証の三、第一二四ないし第一二七号証、第一二九号証の一、二、第一三〇号証、第一三一号証の一、三、第一三二号証の一、二、第一三三、第一三四号証の各一ないし三、第一六六、第一六七号証、第一七一号証の一、二、第一八七号証には右会合は営業委員会としての会合である旨その他右認定に反する供述記載があるが、前掲各証拠に照らし、到底措信し難い。

(2) 昭和四八年一月値上げ協定(本件第一の協定)

甲第五八、第五九、第六四、第六七、第七一号証、第七四ないし第八〇号証、第一四三号証、乙第一〇一号証の二、第一〇四号証の一ないし四、第一〇五号証の一、第一二二号証の三の一、二、第一二三号証の一、第一二九号証の一、二、第一三二号証の一、第一三三、第一三四号証の各一、二(乙号各証(乙第一二二号証の三の一、二を除く。)のうち、後記(7)で措信し得ないとする部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和四七年一〇月ころから、価格の会合において、OPEC第五次値上げに伴う原油値上がり分と昭和四七年四月以降の値上げ未達成分等を石油製品価格に転嫁して値上げを行なうための協議が開始され、同年一一月二七日には一〇セント負担をとりやめる前提での値上げ方針をとることとしたが、同年一二月四日、通産省担当官の意向に従つて一〇セント負担を前提として平均値上げ幅を算出し、また民生用灯油の価格については通産省担当ッの意向に従つてその上限価格を従前からの指導上限価格に据え置くこととし(通産省担当官のこれらの点に関する指導については、後記(三)の(1)に認定するとおりである。)、値上げ必要幅の油種別展開を行なう方針を決定し、スタデイー・グループは、価格の会合の右方針に従つて平均一キロリツトル当たりの値上げ必要幅を約三四〇円と算出し、それを油種別に展開した案を作成した。

昭和四七年一二月七日、被告日本石油事務所において、岡田(日石)、武信(三菱)、斉藤(出光)、松井(共石)の代理である訴外共同石油の専務取締役井上清(以下、「井上(共石)」という。)、早山(昭石)、説田(シエル)の六名が出席して価格の会合が開かれ、スタデイー・グループ作成の右原案に基づいて協議の上、右出席者らは、その所属の六社が共同して、その元売りに係る石油製品の仕切価格を、いずれも昭和四七年一〇月価格比で一キロリツトル当たり、ガソリン一〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジエツト燃料油一〇〇〇円、工業用灯油五〇〇円、軽油五〇〇円、A重油五〇〇円、B重油四〇〇円、C重油一〇〇円の各幅で、ガソリンは昭和四八年一月一六日から、その他は同月一日からそれぞれ値上げすることを合意し、次いで昭和四七年一二月一八日、右同所において、岡田(日石)、愛知(大協)、榎本(ゼネラル)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、田村(太陽)、石渡(丸善)、早山(昭石)、説田(シエル)の一〇名が出席して価格の会合が開かれ、右出席者らは、その所属の一〇社が共同して、その元売りに係る石油製品の仕切価格を、右同様の各値上げ幅及び各実施時期で値上げすることを合意し、ここに元売一二社は共同して上記のとおりの各値上げ幅、各実施時期により石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを合意した。

ただし、訴外太陽石油は、ガソリンは一括して訴外シエル石油に販売し、その価格は日銀卸売物価指数にスライドして定める約定であつたこと、ジエツト燃料油は販売していないことから、右各価格の会合において、訴外太陽石油販売の右両油種については値上げは合意されていない。

なお、本件第一の協定において「灯油」全体を値上げの対象としたとは認め難く、「工業用灯油」をその対象としたと認定し得るにとどまることは、後記(8)に詳述する。

(3) 昭和四八年二月値上げ協定(本件第二の協定)

甲第五八ないし第六〇号証、第六四、第六七、第七一、第七四号証、第七六ないし第八〇号証、第一四三号証、乙第一〇一号証の二、第一〇四号証の一ないし四、第一〇五号証の一、第一二二号証の一の一、二、第一二三号証の一、第一二九号証の二、第一三〇号証、第一三二号証の一、第一三三号証の二、第一三四号証の一、二(乙号各証(乙第一二二号証の一の一、二を除く。)のうち、後記(7)で措信し得ないとする部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和四八年一月八日、価格の会合において、事業参加協定に伴う原油の値上がり等のコストアツプ分を石油製品価格に転嫁して値上げするための協議が開始され、その意を受けたスタデイー・グループは、昭和四七年一〇月価格比で平均一キロリツトル当たり値上げ必要幅を約六八〇円と算出した上、民生用灯油には転嫁しないことにして他の油種に右必要幅を展開した案を作成した。

昭和四八年一月一〇日、被告日本石油事務所において、岡田(日石)、武信(三菱)、愛知(大協)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、石渡(丸善)、松井(共石)の代理である井上(共石)、早山(昭石)、説田(シエル)の一〇名が出席して価格の会合が開かれ、スタデイー・グループ作成の右原案に基づいて協議の上、右出席者らは、その所属の一〇社が共同して、その元売りに係る石油製品の仕切価格を、いずれも昭和四七年一〇月価格比で一キロリツトル当たり、ガソリン三〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジエツト燃料油一〇〇〇円、工業用灯油一〇〇〇円、軽油一〇〇〇円、A重油一〇〇〇円、B重油五〇〇円、C重油二〇〇円の各幅で、ガソリンは昭和四八年二月一六日から、その他は同月一日からそれぞれ値上げすることを合意し、次いで同年一月一八日、石油連盟事務所において、岡田(日石)、武信(三菱)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、田村(太陽)、早山(昭石)の七名が出席して価格の会合が開かれ、右出席者らは、その所属の七社が共同して、その元売りに係る石油製品の仕切価格を、右同様の各値上げ幅及び各実施時期で値上げすることを合意し、更に同月一〇日及び一八日の各価格の会合に欠席した被告ゼネラル石油も、当時、同月一八日の価格の会合に臨席した同社直売部直売二課長山本泰正からその合意の内容の報告を受けて、これを了承し、ここに元売一二社は共同して上記のとおりの各値上げ幅、各実施時期により石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを合意した。

ただし、訴外太陽石油の販売に係るガソリン及びジエツト燃料油については値上げの合意がされなかつたことは、(2)において本件第一の協定について述べたと同様である。

なお、本件第二の協定において「灯油」全体を値上げの対象としたとは認め難く、「工業用灯油」をその対象としたと認定し得るにとどまることは、後記(8)に詳述する。

(4) 昭和四八年八月値上げ協定(本件第三の協定)

甲第五八、第六一、第六四、第六五、第六八、第七一、第七二号証、第七五ないし第八〇号証、第八二、第一四三号証、乙第一〇一号証の二、第一〇四号証の二ないし四、第一〇五号証の一、第一〇七号証、第一二二号証の一の一、三、第一二三号証の二、第一二七号証、第一二九号証の二、第一三〇号証、第一三二号証の一、第一三三号証の二、第一三四号証の一、二、第一三五号証の九の一、二、第一六八号証(乙号各証(乙第一二二号証の一の一、三、第一三五号証の九の一、二を除く。)のうち、後記(7)で措信し得ないとする部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和四八年四月ころ、当時交渉が進められていたジユネーブ協定の改定に伴う値上がりや市況調整値上げによつて、原油価格は、近く大幅な値上がりが予想される情勢となつた。また世界的傾向と同様、わが国においても、公害対策等のため、中間留分(軽質製品)に対する需要が増大したのに、これにそうほど原油の軽質化が進んでいなかつたため、昭和四八年二月から四月にかけて中間留分の需給のタイト化がみられ、昭和四八年度下期の中間留分の供給確保のため、中間留分の得率の大きい軽質原油への切換え、すなわち原油の軽質化を促進する必要があつた。しかし前記のような軽質原油の需要増大による市況調整値上げにより軽質原油の価格が上昇しはじめており、また同年四月以降漁業用免税A重油の輸入価格も値上がりしたのに、通産省当局によつて民生用灯油の価格抑制指導があり、これと関連して軽油及びA重油の価格も低位にあり、これらが価格の高い軽質原油の輸入促進の阻害要因となつていた。そこで、中間留分の価格を、軽質原油の輸入促進を刺激し得る程度、すなわち中間留分の需要増に伴い輸入原油を重質原油から軽質原油に切り換えねばならないが、それによりコスト高になる分だけ値上げをする必要がある、という議論(これをインセンテイブ・コスト論とよんだ。)が現れ、価格の会合においても、中間留分の値上げについて協議がされた。これを受けて、スタデイー・グループは、当時実現可能な重質原油から軽質原油への切換えであるイラニアン・ヘビー原油からイラニアン・ライト原油への切換えを想定して、その場合の価格差から生ずるコストアツプ分を計算して、中間留分に転嫁することにすると、一キロリツトル当たり、中間留分増産分だけに転嫁する計算で約二〇〇〇円、中間留分全体に転嫁すると約七〇〇円になるという計算結果を得た。

昭和四八年五月一四日、被告日本石油事務所において、岡田(日石)、武信(三菱)の代理である被告三菱石油の直売部長本田実(以下、「本田(三菱)」という。)、愛知(大協)、榎本(ゼネラル)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、田村(太陽)、泉(丸善)、松井(共石)の代理である井上(共石)、早山(昭石)の代理である訴外昭和石油の販売第一部長武田文雄(以下、「武田(昭石)」という。)、説田(シエル)の一二名が出席して価格の会合が開かれ、協議の結果、右計算結果を理由として中間留分の値上げをすることにし、またB重油は、中間留分三〇パーセントとC重油七〇パーセントを混合して作るものであることから、中間留分との価格体系上のつり合いからいつてこれも値上げするのが相当であるということになり、右出席者らは、その所属の一二社が共同して、その元売りに係る石油製品の仕切価格を、いずれも一キロリツトル当たり、灯油一〇〇〇円、軽油一〇〇〇円、A重油一〇〇〇円、B重油三〇〇円の各幅で、同年七月一日からそれぞれ値上げすることを合意した。

しかるところ、後記(三)の(3)に認定するように、通産省担当官は、同年六月一八日の営業委員会に出席し、新ジユネーブ協定に伴う原油値上がりを含めて同月一日までのコストアツプ分を石油製品価格に転嫁して値上げしてはならず、今後は、計算の基礎を本年六月とし、右六月比でコストの変化を見ていくとの指導方針を示したので、スタデイー・グループは、右方針にそつて新たに計算を行ない、同月一日からの新ジユネーブ協定による値上げに伴う値上がり分を超える市況調整による原油値上がり分と同年七月からの右協定による値上げに伴う原油値上がり分を併せると、同年六月比のコストアツプ幅は全油種石油製品に平均して一キロリツトル当たり約二五〇円であり、これを前記の四油種に展開すると、ほぼ右の合意の値上げ幅(但し、民生用灯油については、同年六月比ではなく、前記の指導上限価格に対する値上げ幅)になるとの計算結果を得、これを価格の会合において説明した。

ところが、後記(三)の(4)に認定するように同月二九日ころ、通産省当局は、元売一二社に対して、右値上げの実施を一か月延期するように要請したので、各社は、右要請に従つてその実施を延期した後、同年七月二日、訴外出光興産事務所において、岡田(日石)、武信(三菱)の代理である本田(三菱)、愛知(大協)、榎本(ゼネラル)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、泉(丸善)、松井(共石)、説田(シエル)の一〇名が出席して価格の会合が開かれ、また同月二三日、右同所において、岡田(日石)、大橋(九石)、斉藤(出光)、田村(太陽)、松井(共石)、早山(昭石)の六名が出席して価格の会合が開かれ、右両会合において、各出席者らは、それぞれ出席者所属の各社が共同して、同年六月比(但し、民生用灯油については、前記の指導上限価格比)で、同年五月一四日合意したとおりの各値上げ幅で、同年八月一日から前記四油種の値上げをすることを合意し、ここに元売一二社の右同旨の値上げを共同して行なう旨の合意が成立した。

(5) 昭和四八年一〇月値上げ協定(本件第四の協定)

甲第五八、第六一、第六二、第六四、第六六、第六九、第七二号証、第七五ないし第八〇号証、第八三、第一四三号証、乙第一〇一号証の二、第一〇五号証の一、第一二三号証の二、三、第一二七号証、第一二九号証の二、第一三〇号証、第一三二号証の一、第一三三号証の三、第一三四号証の一、二、第一三五号証の九の一、四、第一六六、第一六八号証(乙号各証(乙第一三五号証の九の一、四を除く。)のうち、後記(7)で措信し得ないとする部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和四八年八月二七日の価格の会合において、同年八月の原油値上がり分や今後予測される原油値上がり分を石油製品価格に転嫁して同年一〇月以降に値上げをする方針が決められ、これを受けて、スタデイー・グループは、新ジユネーブ協定による同年七月一日及び同年八月一日の原油値上げ等に伴う原油コストアツプ額、フレート上昇分などから、同年六月比の平均必要値上げ幅を算出し、その展開案として、通産省当局の民生用灯油の値上げ反対の意向に従い、民生用灯油の価格は据え置き、その余の中間留分には需要抑制の意味も含めてある程度転嫁し、ガソリン価格への転嫁幅を大きくした案などを作成した。

昭和四八年九月三日、訴外出光興産事務所において、岡田(日石)の代理である野田(日石)、武信(三菱)の代理である本田(三菱)、橘田(大協)、榎本(ゼネラル)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、田村(太陽)、泉(丸善)、松井(共石)、早山(昭石)の代理である武田(昭石)、説田(シエル)の一二名が出席して価格の会合が開かれ、スタデイー・グループ作成の右案に基づいて協議の上、右出席者らは、その所属の一二社が共同して、その元売りに係る石油製品の仕切価格を、いずれも同年六月比で一キロリツトル当たり、ガソリン三〇〇〇円、ナフサ一〇〇〇円、ジエツト燃料油一〇〇〇円、民生用灯油一〇〇〇円、工業用灯油二〇〇〇円、軽油二〇〇〇円、A重油二〇〇〇円、B重油六〇〇円、C重油二〇〇円の各幅で、ガソリンは同年一一月一日から、その他は同年一〇月一日からそれぞれ値上げすることを合意し、次いで同年一〇月八日、前同所において、岡田(日石)の代理である被告日本石油の販売部長佐々木達三、武信(三菱)の代理である本田(三菱)、橘田(大協)、榎本(ゼネラル)、川副(キグナス)、大橋(九石)、斉藤(出光)、田村(太陽)、泉(丸善)、松井(共石)の代理である訴外共同石油の販売部担当部長玉河哲夫、早山(昭石)、説田(シエル)の一二名が出席して価格の会合が開かれ、同年九月三日の右合意ののち、国際石油会社の市況調整値上げが予測外に大きく、右合意に係る値上げ幅では右によるコストアツプをカバーできないことが判明したことから、右出席者らは、右コストアツプの転嫁不足分の一部をC重油に転嫁することにし、前記合意に係るC重油の値上げ幅を一キロリツトル当たり四〇〇円と修正することを合意し、ここに元売一二社は共同して上記のとおりの各値上げ幅(但し、C重油は修正に係る値上げ幅)、各実施時期により石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを合意した。

ただし、訴外太陽石油の販売に係るガソリン及びジエツト燃料油については値上げの合意がされなかつたことは、(2)において本件第一の協定について述べたと同様である。

(6) 昭和四八年一二月値上げ協定(本件第五の協定)

甲第五八、第六二、第六四、第七〇、第七二号証、第七五ないし第八〇号証、第一四三号証、乙第一〇一号証の二、第一〇五号証の一、第一二三号証の二、第一二五、第一二七号証、第一二九号証の二、第一三〇号証、第一三二号証の一、第一三三号証の三、第一三四号証の一、二、第一三五号証の二の一、二、第一三六号証の一の一、二、第一六六、第一六八号証(乙号各証(乙第一三五号証の二の一、二、第一三六号証の一の一、二を除く。)のうち、後記(7)で措信し得ないとする部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和四八年一〇月一六日から一方的な原油公示価格の値上がりがあつた上、翌一七日にはOAPEC諸国が、原油の生産削減といわゆる非友好国に対する原油の供給削減を宣言するなどした(これらの点は、さきに(一)の(1)において認定したとおりである。)ため、当初非友好国とされたわが国は、原油処理量の減少による固定費的諸経費の増加等も加わつて、更に大幅なコストアツプに当面することが予測されたので、同月二九日の価格の会合において、同年一一月以降右事態に対応するための石油製品の値上げを行なうことを決めたが、緊急事態に当面して価格の会合に出席すべき者が多忙となつたこと及び会合の開催が目立つことから、従来のような全員の会合をやめ、当時営業委員長であつた斉藤(出光)、同副委員長であつた泉(丸善)、松井(共石)、説田(シエル)の四名で検討して値上げ内容を決め、その他の者には個別に電話等で連絡して全員で合意する方法をとることとした。

これを受けて、スタデイー・グループは、原油のFOB価格の上昇はその原油がわが国に到着した時点において生じたものとみるいわゆる着ベース方式を採り、円レートは当時の先物レートである一ドル二八一円によるなどして、同年六月比の平均値上がり額を算出し、これに前記供給削減の割合が一五パーセントの場合と二〇パーセントの場合を予測してそれぞれ計算した固定費負担の上昇等を加え、平均コストアツプ額を製品換算一キロリツトル当たり、四〇〇〇円強(一五パーセント削減の場合)、約四三〇〇円(二〇パーセント削減の場合)と算出し、その油種別展開については、これより先資源エネルギー庁当局により民生用灯油の元売仕切価格は同年九月末価格で凍結するよう指導されていた(この点は後記(三)の(5)に認定するとおりである。)ので、右油種価格への転嫁はしないこととして油種別に展開した結果、いずれも同年六月比で一キロリツトル当たり、ガソリン一万円、ナフサ六〇〇〇円、ジエツト燃料油五〇〇〇円、工業用灯油、軽油及びA重油各六〇〇〇円、B重油三〇〇〇円、C重油二〇〇〇円の幅で値上げする案を作成した。

同年一一月六日、訴外出光興産事務所において、斉藤(出光)、泉(丸善)、松井(共石)、説田(シエル)の四名が出席して価格の会合が開かれ、スタデイー・グループ作成の右原案に基づいて協議をした結果、右供給削減率を二〇パーセントと予測することとし、平均値上げ必要幅の油種別展開については、ナフサについてすでに需要者と価格交渉が進められていたことから、右原案のナフサの値上げ幅六〇〇〇円を五〇〇〇円に減額し、代りにC重油の値上げ幅二〇〇〇円を三〇〇〇円に増額することとし、結局右出席者らは、その所属の四社は共同して、いずれも同年六月比で一キロリツトル当たり、ガソリン一万円、ナフサ五〇〇〇円、ジエツト燃料油五〇〇〇円、工業用灯油六〇〇〇円、軽油六〇〇〇円、A重油六〇〇〇円、B重油三〇〇〇円、C重油三〇〇〇円の各幅で、ガソリンは同年一二月一日から、その他は同年一一月半ばころからそれぞれ値上げすることを合意した上、手分けしてその内容を連絡して了承を得ることとし、そのころ、斉藤(出光)は武信(三菱)に、訴外出光興産の販売部営業第一課長出光昭(以下、「出光(出光)」という。)を介して橘田(大協)に、訴外日本石油の黒油課長田中一正(以下、「田中(日石)」という。)を介して岡田(日石)に、泉(丸善)は大橋(九石)及び榎本(ゼネラル)に、説田(シエル)は田村(太陽)、川副(キグナス)、早山(昭石)にそれぞれ連絡し、右連絡を受けた者は、その所属の各社が前記四名所属の各社と共同して前記合意内容どおりの値上げをすることを了承し、ここに元売一二社は共同して上記のとおりの各値上げ幅、各実施時期により石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを合意した。

ただし、訴外太陽石油の販売に係るガソリン及びジエツト燃料油については値上げの合意がされなかつたことは、(2)において本件第一の協定について述べたと同様である。

(7) 排斥すべき証拠

被告らは、元売一二社が右(2)ないし(6)のような本件値上げ協定を締結したことはなく、通産省当局が行政指導として行なつた石油製品元売仕切価格の上限設定(いわゆるガイドライン設定)に協力し、その原案作成に当たつていたに過ぎない旨を主張し、証人田中一正の証言にはこれにそうものがあり、また乙第一〇一号証の二、第一〇四号証の一ないし四、第一〇五号証の一、第一〇七号証、第一二二号証の二の一、三、第一二三号証の一ないし三、第一二四ないし第一二八号証、第一二九号証の一ないし三、第一三〇号証、第一三一号証の一、三、第一三二号証の一、二、第一三三号証の一ないし五、第一三四号証の一ないし三、第一三七号証の三、第一六六ないし第一六八号証、第一七一号証の一、二、第一七六、第一八七号証にも、右主張にそう供述の記載があるが、右はいずれも(2)ないし(6)の冒頭に掲記の甲号各証に照らし、到底措信し難いし、その他(2)ないし(6)の各冒頭に掲記の乙号各証のうち、右(2)ないし(6)の各認定に反する供述記載も、右各冒頭掲記の甲号各証に照らし、措信し難い。

(8) 本件値上げ協定中の灯油に係る協定の趣旨

(ア) 民生用灯油と工業用灯油の区分

乙第一号証、第八号証の一、二、第二五号証、第一〇一号証の一、三、第一〇四号証の三、第一〇七号証、第一六六ないし第一七〇号証、第一七一号証の一、第一七二、第一七三、第一七六、第一八一号証、証人松浦達也の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、灯油はこれを成分的に分類すれば、純度の高い白灯油(一号灯油)と純度の低い茶灯油(二号灯油)の区別があるのみであること、しかし、昭和四六年四月、通産省当局が「一般消費者に直結する灯油については、今後とも価格上昇防止につき、所要の指導を行なう」旨を文書で明らかにし、次いで同年一〇月一二日に行なわれた灯油消費・価格問題懇談会の席上で当局が右灯油価格凍結の行政指導の趣旨を釈明したことから、同年一一月二五日通産省当局は、元売各社に対し、同年二月から毎月ごとの「家庭用白灯油」の元売仕切価格と今後毎月一日及び一六日の同価格の実績の報告を求めたこと(この当時の経緯については、なお前記(一)の(3)において判示したところを参照)、その当時通産省担当官と元売各社との間において「家庭用白灯油」とその他の白灯油の区別につき打合わせがなされ、その結果、特約店等を通じ灯油の店やガソリンスタンドなどの小売店で消費者に販売される白灯油を民生用(家庭用)灯油とし、船、貨車、タンクローリー等で直接工場等大口需要者に運び込まれる白灯油をその他の灯油とすることとなつたこと、そして元売各社として白灯油の元売りを行なう際、灯油を右のように流通経路によつて区分し、それぞれその元売仕切価格を決定することは可能であり、そのころから後者を工業用灯油と呼称してきたことが認められ、また乙第一五四号証の三の二、同号証の四の二によれば、通産省当局も当時の行政指導を「昭和四六年秋以降における民生用灯油の価格の凍結」と呼称していることが認められる。そして、昭和四七年四月通産省当局が業界に対し石油製品の元売仕切価格につき指導を行なつた際も、「民生用灯油」の元売仕切価格は据え置くよう指導したことは、前記(一)の(3)に認定したとおりであり、更に本件第一の協定に係る値上げ内容を通産省担当官が了承する過程においても「民生用灯油」の値上げは認めない旨を表明していたことは、後記(三)の(1)に認定するとおりである。

右事実によれば、石油行政を所掌する通産省当局及び石油業界においては、昭和四六年当時以降、おそくも本件値上げ協定締結当時に至るまでの間において、白灯油を右のような元売会社からの流通経路を基準として区分し、前者を「民生用灯油」、後者を「工業用灯油」又は「その他の灯油」と呼称するようになつていたと推認することができる。

なお、乙第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第一五〇号証の一によれば、資源エネルギー庁当局は、昭和四八年一〇月以降文書上「家庭用灯油」との呼称を用いてその元売仕切価格及び小売価格の凍結を行政指導し、これは従前の「民生用灯油」をやや狭く限定し、小口家庭用暖房灯油のみを指称する趣旨であつたが、その後同年一一月二八日にも同じく文書で「家庭用灯油が工業用及び業務用に流用されることを防止することとし、このため小口業務用灯油価格についても家庭用灯油と同価格とすること」を指導し、家庭用灯油の範囲を若干拡大したことが認められるから、家庭用灯油の範囲と民生用灯油の範囲とはほとんど異ならないものといえる。

付言するに、資源エネルギー庁当局が右のように家庭用灯油が工業用及び業務用に流用されるのを防止するための行政指導を行なつた事実及び甲第三二号証の一、二、第四三号証を総合すれば、当時家庭用灯油ないし民生用灯油がその流通過程において工業用等に流れていた事実もあることは否定できないが、このような事実があるからといつて、民生用灯油と工業用灯油の区分に関する前記認定を左右し得るものではない。

(イ) 本件第一及び第二の協定中灯油に係る部分について

原告らは、本件第一及び第二の協定において民生用灯油を含む灯油全体の値上げが協定されている旨を主張する。

本件審決書の事実欄には、本件第一及び第二の協定において他の油種の石油製品の値上げとともに、「灯油」の値上げが協定されたとの記載があることは、当事者間に争いがなく、甲第五九、第六七、第七六、第七七、第七九、第八〇号証によれば、いずれも右各協定の締結に当たつた斉藤(出光)、石渡(丸善)、大橋(九石)、武信(三菱)、説田(シエル)、榎本(ゼネラル)の各検察官に対する供述調書には、いずれも「灯油」についての値上げを協定した旨の供述記載があるのみで、とくに「民生用灯油」を除外して協定を締結した趣旨の記載はないこと、甲第七四号証によれば、川副(キグナス)の検察官に対する供述調書には、本件第一の協定に基づき支店に対し当時指導上限価格を割り込んでいた民生用灯油の値戻しを指示した旨の供述記載があること、更に甲第七八号証によれば、早山(昭石)の検察官に対する供述調書には、灯油のうち工業用灯油に限つて値上げを協定したのは本件第四の協定以降である旨の供述記載があることがそれぞれ認められる。しかしながら、甲第六一号証によれば、岡田(日石)の検察官に対する供述調書には、本件第三の協定締結の経緯として、昭和四八年四月、五月当時まで民生用灯油の元売仕切価格は通産省当局の指導により昭和四七年一、二月ころの価格である一万二〇六〇円の線でずつと押えられていた旨の供述記載があること、乙第一〇四号証の一、二によれば、同人は、本件値上げ協定に係る別件損害賠償請求事件(当庁昭和四九年(行ケ)第一三〇号、第一六五号事件、以下、「別件損害賠償事件」という。)の証人として、一月、二月のガイドライン改定案作成に際し、家庭用灯油については通産省当局から昭和四六年二、三月の価格で据置きを指導された旨を証言していること、乙第一二三号証の一によれば、斉藤(出光)は、別件刑事事件の公判廷において、一月のガイドライン改定案を作成するについては、家庭用灯油の値上げをおり込んでいない旨を供述していること、乙第一四〇号証によれば、訴外出光興産の従業員恵藤昭義は、右事件の証人として、一月値上げには民生用灯油を含まなかつたので、訴外出光興産では当時指導上限価格を割り込んでいた元売仕切価格を右価格まで値戻しするよう努力するにとどめた旨を証言していること、乙第一四一号証の一によれば、訴外出光興産の札幌支店長鶴常敏は、右事件の証人として、昭和四七年一二月本社から家庭用灯油の値上げはしてはならないとの連絡を受けた旨を証言していること、乙第一二九号証の二によれば、川副(キグナス)は、右事件の公判廷において、一月及び二月には民生用灯油のガイドライン改定はなかつた旨を供述していること、乙第一〇一号証の一、二及び第一〇七号証によれば、野田(日石)は、山形地方裁判所鶴岡支部昭和四九年(ワ)第五九号、同五〇年(ワ)第六号事件(以下、「鶴岡事件」という。)及び別件損害賠償事件の証人として、家庭用灯油については通産省の価格凍結の行政指導があつたため、一月及び二月のガイドライン改定作業においてはコストアツプ分を家庭用灯油に転嫁することをしなかつた旨を証言していることがそれぞれ認められるのみならず、昭和四六年四月以来通産省当局は民生用灯油については強く値上げ抑制の指導を行なつてきていたことは前記(一)の(3)に認定したとおりであり、かつ通産省担当官が本件第一及び第二の協定の内容を了承する過程において民生用灯油の値上げはしない旨の説明を受けて、これを了承していることは後記(三)の(1)及び(2)に認定するとおりであるから、通産省担当官の了承した案には民生用灯油の値上げを含んでいなかつたと推認することができ、各協定内容と右担当官が了承した案との間に乖離があつたと認めるべき証拠はない(なお、甲第五六号証によれば、別件刑事事件の検察官の論告においても、本件第一及び第二の協定では「灯油」ではなく、「工業用灯油」の値上げが協定された旨が陳述されている事実が認められる。)。以上によれば、本件審決書の前記記載及び前掲甲号各証の記載から、右各協定において民生用灯油の値上げまで協定されたものと断ずることはできず、その他にもそのように認めるべき証拠はないから、結局民生用灯油に係る協定を認めるに足りる証拠はないというべく、民生用灯油を除くその余の灯油、すなわち工業用灯油について協定したとの限度で認定するほかはない。

なお、右認定に関して付言する。甲第七一号証によれば、井上(共石)の検察官に対する供述調書には、昭和四七年一二月に灯油の最低仕切価格一万〇五〇〇円を達成し、その上で昭和四八年一月以降更に五〇〇円値上げを実施するよう支店等に指示した文書が添付されていることが認められるが、同号証によれば、右供述調書には、本件第一及び第二の協定において灯油が協定の対象とされた旨の供述記載はみられず、右最低価格及び達成時期からしても右指示が本件第一及び第二の協定に基づくものとは必ずしも認め難いから、右指示は、本件第一及び第二の協定が民生用灯油をも対象としていたことを裏付けるものとはいい難い。また甲第一四六号証によれば、田村(太陽)は、鶴岡事件において証人として、訴外太陽石油において灯油を家庭用と工業用に分けたのは昭和四八年一二月からで、それまでは区別していない旨の証言をしていることが認められるが、右は訴外太陽石油一社の事情を証言するにとどまり、本件第一及び第二の協定が民生用灯油をも対象としていたことを裏付けるものとはいい難い。更に、甲第一〇二号証によれば、被告ゼネラル石油では、昭和四八年一月二四日各支店に対し「灯油」を同年二月以降同年一月比五〇〇円値上げすることを指示していることを、甲第一二一、第一二八号証によれば、被告ゼネラル石油福岡支店は同年一月二〇日特約店に対し「民生用灯油」の値上げ額は前回通知分の一キロリツトル当たり一五〇〇円のみとし、今回は零とする旨を通知していることを、甲第一一八号証によれば、同被告広島支店は同年一月三一日大成工業株式会社なる取引先に翌月分の「灯油」価格を一キロリツトル当たり一万一五〇〇円とする旨を通知していることを、甲第一二五号証によれば、訴外出光興産松本支店は同年一月二二日販売店に対し「灯油」の仕切価格を同年二月一日以降一キロリツトル当たり五〇〇円、更に同月一六日以降同じく五〇〇円値上げすることを通知していることを、甲第四九号証によれば、訴外出光興産は訴外株式会社アポロ月山に対する「家庭用灯油」の仕切価格を同年一月一六日以降五〇〇円、同年二月一日以降五〇〇円値上げしていることを、甲第一二九号証、乙第一五五号証によれば、訴外丸善石油は昭和四七年一二月二五日、各支店長に対し「灯油」の売急ぎを避け、目標価額に近づけるよう指示し、また同月二七日各支店長に対し「民生用灯油」につき可及的速かに二次目標の実現をはかるよう通知していることをそれぞれ認めることができるが、これら指示、通知ないし値上げの実施と本件第一及び第二の協定との関係を認定するに足りる証拠はなく、民生用灯油についてまでも協定したとは認め難いとした前記認定を左右するに足りず、また被告大協石油の作成に係る民生用灯油と工業用灯油を区別せず白灯油の平均価格試算額を表示した甲第九七号証の存在も右認定を左右するに足りるものではない。

(ウ) 本件第三の協定中灯油に係る部分について

右協定中灯油に係る値上げ協定が民生用灯油をも含む灯油全部についての協定であることは、前記(4)の冒頭掲記の各証拠によつて明らかである。

(エ) 本件第四の協定中灯油に係る部分について

右協定においては、工業用灯油につき昭和四八年六月比で一キロリツトル当たり二〇〇〇円の値上げ、民生用灯油につき同じく一〇〇〇円の値上げが協定されたこと及びこのような協定内容となつたのは、通産省当局の民生用灯油の値上げ反対の意向に従つたことによるものであることは前記(二)の(5)に認定したとおりであるが、甲第六九号証によれば、このように民生用灯油につき本件第三の協定と同一内容を更に本件第四の協定におり込んだのは、本件第三の協定による未達成部分を一〇月には達成しようとしたためであることが認められ、結局本件第四の協定のうち民生用灯油に係る部分は、本件第三の協定による値上げを達成していない元売会社は、これを達成し、達成した元売会社はこれを維持する趣旨の協定と解することができる。

(オ) 本件第五の協定中灯油に係る部分について

右協定においては、工業用灯油の値上げのみが協定され、民生用灯油ないし家庭用灯油の値上げは協定されなかつたことは、前記(6)の冒頭掲記の各証拠によつて明らかである。そして、当時石油業界において、工業用灯油と民生用ないし家庭用灯油とは区別されていたことは前記(ア)に認定のとおりであるから、本件第五の協定において民生用灯油をも含む灯油全体について値上げが協定されたと解する余地は全くない。

もつとも、甲第一三一号証によれば、被告ゼネラル石油は昭和四八年一一月一四日各支店長等に対し同年一二月から家庭用灯油の基準価格及びボトム価格の引上げを行なう旨を通知していること、甲第一一一号証によれば、被告九州石油は、灯油の昭和四八年一二月の目標価格を一万二〇〇〇円とし、同月以降特価を廃止し、民生用灯油のボトム価格を一万二〇〇〇円とすることとしたこと、甲第四八、第一四四号証によれば、訴外太陽石油は、本件第五の協定の値上げ幅を参考にして修正を加え、白灯油につき平均二一七〇円の値上げを指示したことがそれぞれ認められるが、本件第五の協定は民生用ないし家庭用灯油の値上げを含むものでないことが明らかであること右の如くである以上、右各社の所為はそれぞれ右各社において右協定とは無関係になしたものといわざるを得ず、なんら前記認定を左右するに足りるものではない。また甲第一四六号証によつて認められる訴外太陽石油が昭和四八年一二月から商社向け出荷分の灯油につき家庭用一万二〇〇〇円、工業用一万七〇〇〇円を単純平均した一万四五〇〇円で決済したとの事実、甲第一四五号証によつて認められる訴外シエル石油においては同年一二月の灯油の価格として支店に対し工業用灯油の値上げ幅一キロリツトル当たり四〇〇〇円に対応する按分額として一キロリツトル当たり一二〇〇円を織り込んで指示した事実もいずれも同様に前記認定を左右するに足りず、その他にも右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) 本件値上げ協定当時における石油製品価格についての行政指導

被告らは、元売一二社が石油製品の値上げを協定した事実はなく、通産省当局の行なうガイドライン方式による元売仕切価格についての行政指導に協力し、右ガイドラインの原案作成に当たつていたところ、そのための会合が独禁法違反の価格協定と誤認されたものである旨を主張するが、証拠上、元売一二社が本件値上げ協定を締結した事実を認め得ることは、既に判示したとおりである。

ここにおいては、右主張等に鑑み、また元売仕切価格の形成との関連において、本件値上げ協定当時において通産省当局及び資源エネルギー庁当局の行なつた石油製品価格についての行政指導について、検討する。

(1) 本件第一の協定に関して

昭和四七年一〇月ころ、価格の会合において、OPEC第五次値上げに伴う原油値上がり分等を石油製品価格に転嫁して値上げを行なうための協議が開始されたことは、前記(二)の(2)に認定したとおりである。

乙第一〇一号証の二、第一〇四号証の一、第一二二号証の三の一、二、同号証の五の一ないし三、第一三五号証の三の一、二、同号証の八の一ないし三、第一六七、第一六八号証を総合すると、昭和四七年一一月ころ、岡田(日石)(当時営業委員長)が鈴木課長に対し業界に右値上げの意向がある旨を話したところ、同課長は、テヘラン協定による原油値上がり分は転嫁せざるを得ないだろうが、リヤド協定による事業参加に伴う原油値上がり分については、その具体的金額が確定するまで待ち、二回に分けて実施した方が良い旨を述べ、一〇セント負担の撤廃については明確な意見を述べず、また民生用灯油の上限価格は昭和四六年二、三月の水準による前記指導上限価格のままとし、その値上げは認めない旨を述べたこと、そこで、スタデイー・グループは民生用灯油には転嫁せず、一〇セント負担は撤廃する前提で値上げの原案を作成し、昭和四七年一一月二七日の価格の会合において元売一二社の了承を得た上、野田(日石)(重油専門委員会委員長、すなわち、スタデイー・グループの長)が、同年一二月はじめころ、石油計画課総括班長角南立(以下、「角南班長」という。)に対し右原案を説明し、意見の交換をしたところ、同班長は一〇セント負担の撤廃については認めない旨の意向を示したので、スタデイー・グループは、更に右意向にそつて値上げの原案(本件第一の協定の案)を作成したこと、本件第一の協定を締結した後、同月二〇日ころ、岡田(日石)が鈴木課長に右値上げの内容を説明したところ、同課長は、民生用灯油に転嫁していないことなどから大筋においてこれを了承したが、細部のつめは事務レベル同士で行なうようにとの趣旨を述べ、次いで同月二四、五日ころ、野田(日石)が右石油計画課計画調査班長田村勝則(以下、「田村班長」という。)に対して資料を提出して右同様の説明をし、同班長もこれを了承したこと、右了承の事実は、当時岡田(日石)から元売一二社に伝えられたことをそれぞれ認めることができる。

乙第一五〇号証の一、第一五一号証の一、二のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

右事実によれば、通産省担当官は、元売一二社においてそれぞれ前記認定の本件第一の協定所定の値上げ時期以降に、同所定の値上げ幅の範囲内で石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを了承していたといわねばならないが、元売一二社が共同して前記認定の本件第一の協定のような協定を締結するよう指導したり、締結を了承したりしたことを認めるべき証拠はない。

(2) 本件第二の協定に関して

乙第一〇一号証の二、第一〇四号証の一、二、第一二号証の二の一の一、二、第一三六号証の二の一、二、第一五一号証の一、二、第一六七号証(第一五一号証の一、二のうち後記措信し得ない部分を除く。)を総合すれば、昭和四八年一月一〇日ころ岡田(日石)は、鈴木課長の求めに応じて通産省に赴き、同課長、角南班長及び田村班長に対し、同月一〇日の価格の会合において合意した前記(二)の(3)で認定した本件第二の協定の内容につき説明し、民生用灯油の値上げはしない旨を述べたこと、これに対し同課長は、ガソリンも大衆物資となつているから、これに転嫁しない方法はないかなどと種々質問をした上、右値上げ内容は大体了承するが、数字は事務レベルでつめさせようとの趣旨を述べたので、岡田(日石)は、右値上げ内容が了承されたものとの感触を得たこと、岡田(日石)は、同日鉱山石炭局において石油関係の事務を統括する参事官飯塚史郎(以下、「飯塚参事官」という。)に対しても、原油の値上がりについて述べ、鈴木課長に対すると同様の説明をしたこと、次いでそのころ、田村班長は、スタデイー・グループの一員である田中(日石)に対し、右値上げ内容の根拠となる詳細な資料の提出を求めたので、同人はこれを角南班長に提出し、同月二〇日ころまでに至る間、野田(日石)とともに相当な回数にわたり、角南班長に対し平均必要値上げ幅の根拠を説明したこと、このような経過を経て、同月二〇日ころ、田村班長は田中(日石)に対して右値上げを了承したこと、右了承の事実は当時岡田(日石)から元売一二社に伝えられたことをそれぞれ認めることができる。

乙第一五〇号証の一、第一五一号証の一、二のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

右事実によれば、通産省担当官は、元売一二社においてそれぞれ前記認定の本件第二の協定所定の値上げ時期以降に、同所定の値上げ幅の範囲内で石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを了承していたといわねばならないが、元売一二社が共同して前記認定の本件第二の協定のような協定を締結するよう指導したり、締結を了承したりしたことを認めるべき証拠はない。

(3) 昭和四八年六月以降の値上げに関する指導(いわゆるチヤラ論の行政指導)

甲第六一、第七一号証、乙第一三三号証の四、一二、第一五〇号証の一、第一五一号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すると、新ジユネーブ協定成立後、通産省当局はコスト動向と円レートとの関係を見直すこととなり、業界に対し種々資料の作成、提出を求めるなどして、検討した結果、昭和四八年六月一八日、角南班長及び田村班長は、営業委員会に出席し、その席上、新ジユネーブ協定による原油値上がりに伴うコストアツプは、二月一四日のドル切下及び円変動相場制移行に伴う為替差益とほぼ相殺となる(いわゆるチヤラ論)ので、右協定による原油値上がりを含めて同月一日までのコストアツプ分を石油製品価格に転嫁して値上げしてはならず、今後は、計算の基礎を本年六月として、右六月比でコスト変化を見ていく、また国際石油会社からの市況調整値上げ通告に対しては、理由をただして値下げを交渉し、便乗的値上げを排除するよう要望する旨の価格指導方針を説明したことが認められる。

(4) 本件第三の協定に関して

甲第五九、第六八、第七一、第一四三号証、乙第一〇一号証の二、第一〇五号証の一、第一二三号証の二、三、第一二七号証、第一三三号証の二、第一三五号証の一の一、二、同号証の九の一、三、第一三六号証の三の一、三、第一五〇号証の一、三、第一五一号証の一、第一六六、第一六八号証(甲第一四三号証、乙第一五〇号証の一、三、第一五一号証の一のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、前記チヤラ論の指導があつた後である昭和四八年六月二六日、あらたに営業委員長に就任した斉藤(出光)及び同じく副委員長に就任した泉(丸善)、松井(共石)、説田(シエル)は、その就任のあいさつをかねて通産省に赴き、右指導に則つてスタデイー・グループが計算したところに従い、鈴木課長に本件第三の協定内容と同旨の値上げ内容の概要を説明したこと、これに対し、鈴木課長は、同月二八日及び二九日ころ野田(日石)を呼んで同人から右値上げ内容の根拠につき説明を聴取し、一旦は値上げの必要性を認め、これを了承したが、国会開会中であることなどを理由にその実施を一か月延期するよう要請し、翌二九日ころ、飯塚参事官及び鈴木課長は、斉藤(出光)に対し、鈴木課長は、元売一二社の営業担当の責任者をそれぞれ呼び出して、これに対し、いずれも右同様値上げ実施の延期を要請し(但し、訴外シエル石油の如く直接の要請のなかつた元売会社もある。)、斉藤(出光)は値上げ幅についての了承を確認した上、業界として右要請を受諾し、更に同年七月二六日か二七日ころ、鈴木課長(前記認定のように同月二五日資源エネルギー庁が発足し、鈴木課長は同庁石油部計画課長となつた。)は、斉藤(出光)に対し、同年八月一日を実施期日とする右同様の値上げ内容を了承する旨を述べたこと、この了承の事実は当時斉藤(出光)から元売一二社に伝えられたことをそれぞれ認めることができる。

甲第一四三号証、乙第一五〇号証の一、三、第一五一号証の一、第一五三号証の一、二のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

右事実によれば、通産省ないし資源エネルギー庁担当官は、元売一二社においてそれぞれ前記認定の本件第三の協定所定の値上げ時期(但し、延期後である同年八月一日)以降に、同所定の値上げ幅の範囲内で石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを了承していたといわねばならないが、元売一二社が共同して前記認定の本件第三の協定のような協定を締結するよう指導したり、締結を了承したりしたことを認めるべき証拠はない。

(5) 昭和四八年一〇月以降の家庭用灯油価格に関する指導

甲第五八、第六九、第一一二号証、乙第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第九号証、第一〇、第一一号証の各一、二、第一〇一号証の二、第一〇三号証、第一〇五号証の一、第一二三号証の二、三、第一三三号証の二、四、一三、第一三八号証の二、第一五〇号証の一、第一五三号証の一ないし三、第一六六、第一六八、第一八七号証(甲第五八号証、乙第一〇三号証、第一五〇号証の一、第一五三号証の一ないし三のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、昭和四八年八月二日、鈴木課長及び資源エネルギー庁石油部精製流通課長根岸正男(以下、「根岸課長」という。)は、斉藤(出光)ら営業委員長及び同副委員長を通産省に呼び出し、同人らに対し灯油需要期に備えて昭和四八年度下期の民生用灯油の増産備蓄によるその供給の確保及び価格の安定対策について業界の意見をまとめて文書で提出するよう要請し、翌三日、斉藤(出光)らは、通産省担当官の意向にそつた対策等も織り込みで、これに応答する文書を作成、提出し、その中に民生用灯油の元売仕切価格を一〇〇〇円程度引き上げることが必要であることを記載したところ、鈴木課長は、斉藤(出光)に対し、その値上げ幅を七〇〇円か八〇〇円に減らして欲しい旨を述べ、斉藤(出光)が応じられない旨を答えたのに対し、それではもう一度上司と相談する旨を述べたこと、その後同日夜、鈴木課長は、斉藤(出光)に対し電話で一〇〇〇円の値上げの実施は差し支えないが、対外的には通産省は右の点につき検討中ということにして欲しい旨を伝え、更に翌四日、右電話の趣旨を確認した松井(共石)に対し、民生用灯油の八月からの一〇〇〇円値上げは了承するが、国会や外部に対しては業界から値上げの話は承つているという程度にして置く旨を答えたこと、同年九月初めころに至り、資源エネルギー庁石油部長熊谷善二(以下、「熊谷部長」という。)は、斉藤(出光)に対して民生用灯油の右値上げを撤回するよう要請したが、斉藤(出光)はこれに応ぜず、その後暫くの間右の点について両者間のやりとりが続いた後、同月二〇日ころその価格を同年九月末時点で凍結することで決着がつき、資源エネルギー庁は同年一〇月一日付の「昭和四八年度需要期における灯油対策」と題する文書を作成し、その中で「本年八月以降石油業界に石油製品の値上げの動きがあるが、家庭用灯油の元売仕切価格については、このまま放置すると国民生活へ大きな影響を与える可能性があるので、この際、家庭用灯油価格の上昇をストツプし需要期においても現状以上に引上げないよう業界各社に協力を求める」と記述し、同年一〇月九日これを各方面に配布したこと、元売各社は、おおむね右指導に従い、同月以降昭和四九年五月末まで民生用灯油(その範囲は家庭用灯油とほとんど異ならないことは前示のとおり)の元売仕切価格を昭和四八年九月末の価格に据え置いたこと、右九月末における各社の価格の平均は、一万二八九八円であつたこと、この凍結については、同年一一月二八日付の資源エネルギー庁長官通達においても「元売価格についても九月時点の価格を九月時点で凍結することができている」と述べられており、同時に右通達で家庭用灯油の小売価格について指導上限価格が設定され、一八リツトルで三八〇円(店頭渡し、容器代別)とされたこと、翌昭和四九年一月一四日には右小売価格が国民生活安定緊急措置法に基づく標準価格とされ、同年三月一六日付通商産業大臣の「新石油価格の指導方針について」と題する通達においても、「今需要期の家庭用灯油については、標準価格を据え置くこととするので、これに応じて現行の元売仕切価格凍結措置を継続する」とされ、同年六月一日に至りはじめて右元売仕切価格につき昭和四八年一二月の水準に対し一万二四〇〇円の引上げが認められたことが認められる。

甲第五八号証、乙第一〇三号証、第一五〇号証の一、三、第一五三号証の一ないし三のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

(6) 本件第四の協定に関して

甲第五八、第六九号証、乙第一〇一号証の二、第一二三号証の二、三、第一二七号証、第一二九号証の二、第一六六、第一六八号証(甲第六九号証のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、昭和四八年九月四日ころ、斉藤(出光)が鈴木課長等に対し前記認定の本件第四の協定に係る値上げの内容を説明したのに対し、民生用灯油の価格を据え置いていたので、同課長は異論を述べず、右(5)に認定した民生用灯油の価格問題について決着のついた同月二〇日ころになつてこれを了承したこと、右了承の事実は当時斉藤(出光)から元売一二社に伝えられたこと、また同年一〇月八日元売一二社が右協定に係る値上げ幅のうちC重油の値上げ幅を修正したことは前記(二)の(5)に認定したとおりであるが、その直後、斉藤(出光)が角南班長(資源エネルギー庁の発足により、同庁石油部計画課総括班長となつた。)に対して右修正について説明したところ、同班長はこれを了承し、この了承の事実も、当時斉藤(出光)から元売一二社に伝えられたことがそれぞれ認められる。

甲第六九号証、乙第一五〇号証の一、三、第一五一号証の一、二、第一五三号証の一ないし三のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

右事実によれば、資源エネルギー庁担当官は、元売一二社においてそれぞれ前記認定の本件第四の協定所定の値上げ時期以降に、同所定の値上げ幅の範囲内で石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを了承していたといわねばならないが、元売一二社が共同して前記認定の本件第四の協定のような協定を締結するよう指導したり、締結を了承したりしたことを認めるべき証拠はない。

(7) 本件第五の協定に関して

昭和四八年一〇月二九日の価格の会合において、同年一一月以降石油製品の元売仕切価格を値上げする方針が決められたことは、前記(二)の(6)に認定したとおりである。

甲第五八、第五九、第七九号証、乙第一〇一号証の二、第一〇五号証の一、第一二三号証の二、三、第一三三号証の三、第一三五号証の九の一、五、第一三六号証の四の一、二、第一五一号証の一、二、第一六六、第一六八、第一八七号証(乙第一五一号証の一、二のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、営業委員長である斉藤(出光)、同副委員長である泉(丸善)、松井(共石)及び説田(シエル)は、右会合の翌日ころ資源エネルギー庁石油部計画課長高谷武夫(鈴木課長の後任。以下、「高谷課長」という。)に対して原油の価格動向及び供給事情などにつき説明したところ、同課長は、製品の値上げは着ベースで考えたらどうかとの趣旨を述べたにとどまつたが、角南班長は、同年一一月一日ころ右斉藤(出光)ら四名を含む主な営業委員の質問に対し、値上げは仕方がないが、ただ値上げの時期が問題である旨を答えたこと、本件第五の協定成立後の同月八日ころ、斉藤(出光)らは、角南班長及び田村班長(資源エネルギー庁の発足により、同庁石油部計画課計画調査班長となつた。)らに対し、本件第五の協定内容と同旨の値上げの内容を話し、またその根拠を、同行した出光(出光)から訴外出光興産の資料を参考としながら説明したが、角南班長は、業界全体としての資料の提出を要求したこと、次いで同月一二日ころ営業委員会に出席した同班長は、その会議開催前、斉藤(出光)らに対し、大幅な原油値上がりなので、製品転嫁はやむを得ないが、その時期が問題であると述べたが、野田(日石)から前記値上げ内容につき説明を聞いた後、この値上げはやむを得ない、また時期も着ベースならよいと思うと述べ、至急コスト根拠についての業界全体としての資料を提出するよう指示したこと、同月一四日、田中(日石)及び同じくスタデイー・グループの一員である被告日本石油黒油課調査係長松尾孝次は、高谷課長、資源エネルギー庁石油部精製流通課長松村某(根岸課長の後任)及び角南班長に対しコストアツプ計算及びその油種別展開につき説明し、右担当官らはこれを了承したこと、またそのころ角南班長は、斉藤(出光)に対しても前記値上げの内容を了承する旨を述べたこと、右了承の事実は、当時斉藤(出光)から元売一二社に伝えられたことがそれぞれ認められる。

乙第一五一、第一五三号証の各一、二のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

右事実によれば、資源エネルギー庁担当官は、値上げの時期などにつき指導を行なつており、元売一二社においてそれぞれ前記認定の本件第五の協定所定の値上げ時期以降に、同所定の値上げ幅の範囲内で石油製品の元売仕切価格の値上げをすることを了承していたといわねばならないが、元売一二社が共同して前記認定の本件第五の協定のような協定を締結するよう指導したり、締結を了承したりしたことを認めるべき証拠はない。

以上によれば、本件値上げ協定締結当時、通産省当局及び資源エネルギー庁当局が、石油製品の元売仕切価格の値上げにつき、本件値上げ協定のような協定を締結するよう指導を行なつたり、又は締結を了承したりした事実は、これを認めることができないが、その内容である各値上げについては、その都度、その根拠資料の提出とその説明を求めるなどして、主として価格抑制の見地からその当否を検討し、各油種の製品につき値上げ上限幅、値上げしてよい時期につき指導を行なつた上、これに了承を与えていることが明らかである。これが被告らのいわゆるガイドラインの設定に当たり、乙第一五一号証の一、二、第一五二号証、第一五三号証の一ないし三、第一五四号証の三の二のうち、このような指導をも否定する部分は、前記(1)ないし(7)の認定に供した各証拠に照らし、措信できない。そしてこのような行政指導が元売一二社の本件値上げ協定の締結やその実施に協力し、これを容易ならしめるためになされたと認めるべき証拠は何もない。

5  本件値上げ協定の実施

(一) 被告日本石油

甲第六二、第六三、第八四、第九〇、第九二、第九三、第一三四号証、乙第一〇一号証の三(乙第一〇一号証の三のうち、後記措信し得ない部分を除く。)、証人松浦達也の証言(後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、被告日本石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を販売部に伝えてその実施を指示し、販売部では、各支店に対して電話、テレツクスなどでほぼ協定内容にそつた値上げを指示し、ときには支店長会議を開いて各支店長に対し同様の指示をする一方、直売部に対してもその実施を指示したこと、各支店では、右指示を受けると、右指示にそつて元売仕切価格を値上げする旨を特約店に通告して値上げの折衝をし(特約店との間の契約では、仕切価格は被告日本石油からの一方的通告で定まることとなつていたが、現実には折衝によつて定められていた。)、支店直売のものについては、指示された値上げ幅を目標に、需要者との間で値上げを折衝するなどして、右指示にそつた値上げの実現に努力し、直売部も同様の努力をしたこと、もつとも市況等により値引きをすることなどもあり、必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容どおりの値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一〇一号証の三、第一〇四号証の一、第一六四号証の一ないし六、証人松浦達也の証言のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信し得ない。

(二) 被告三菱石油

甲第七七号証、乙第一三一号証の一、三(乙第一三一号証の一、三のうち、後記措信し得ない部分を除く。)によると、被告三菱石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を販売部長米倉豊に伝えて同社としての実施につき検討を命じ、同社としての成案を得て、右米倉から支店長会議や電話連絡等で各支店長に対してほぼ協定内容にそつた値上げの実施を指示し、各支店では、これにそつて各特約店等と個別に折衝して右指示にそつた値上げに努力していたことが認められる。

乙第一三一号証の一、三、第一八一号証のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信し得ない。

(三) 被告大協石油

甲第六五、第六六、第九六、第一〇八号証、乙第一七四号証を総合すると、被告大協石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を酒井業務部長らに伝えて同社での具体的値上げ方策の検討を命じ、支店長会議等において、各支店長に対し必ずしも協定内容どおりではないにしても、でき得る限りそれにそつた値上げを指示し(各支店長に対する指示は必ずしも同一ではない。)、各支店では、これにそつて各特約店等と折衝して右指示にそつた値上げに努力していたことが認められる。

乙第一二四、第一二五号証のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(四) 被告ゼネラル石油

甲第八〇、第八七、第八八号証、第一〇一ないし第一〇三号証、第一一七ないし第一一九号証、第一二一、第一二八、第一三〇、第一三一号証、乙第一四六、第一四七号証の各一、二、第一六九号証(乙第一四六、第一四七号証の各一、二のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、被告ゼネラル石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を富木販売部長に伝えてその実施を指示し、同部長らは同社としての値上げに関する資料を作成し、支店長会議の際や文書、テレタイプ等で各支店長、直売部長にほぼ協定内容にそつた値上げ幅及び値上げ時期を示すとともに、これにそつた取引形態別の基準価格及びボトム価格を示し、各支店等ではこれらに基づき特約店等に対して値上げを通告して、折衝をし、右指示にそつた値上げに努力したこと、もつとも必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容に一致する値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一三四号証の一ないし三、第一四六、第一四七号証の各一、二のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(五) 被告キグナス石油

甲第七四、第七五、第九九、第一〇〇、第一一〇、第一一五、第一二七号証、乙第一二九号証の一、二(乙第一二九号証の一、二のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、被告キグナス石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を藤井営業部長らに伝えてその実施を指示し、同部長らは同社としての値上げ方針を決定し、支店長、営業所長及び販売課長に対しテレツクス、文書又は口頭でほぼ協定内容にそつた値上げ幅及び値上げ時期を示し、営業所から顧客に対し値上げの通告をするなどして協定内容にそつた値上げに努力したこと、もつとも必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容に一致する値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一二九号証の一、二、第一七一号証の一のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(六) 旧九州石油及び被告九州石油

甲第七六、第一一一号証、乙第一三〇号証(乙第一三〇号証のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、旧九州石油及び被告九州石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を販売部長宮崎立己らに伝えてその実施を指示し、同部長らから本社特約店課及び福岡支店にほぼ協定内容にそつた値上げ幅及び値上げ時期を指示し、本社特約店課及び福岡支店では、各特約店に対しとりあえず口頭で、後日文書で値上げを通知し、折衝をして右指示にそつた値上げに努力したこと、もつとも必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容に一致する値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一三〇、第一七三号証のうち、右認定に反する部分は、甲第七六号証に照らし措信できない。

(七) 訴外出光興産

甲第五八、第五九、第一一三号証、第一二二ないし第一二六号証、第一三五号証、乙第一二三号証の一、二、第一三九号証、第一四一号証の一ないし四(乙第一二三号証の一、二のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、訴外出光興産では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を三部会(販売部、業務部、潤滑油部の課長以上が出席して開かれる会議)及び重役会で説明して了承を得た上、販売部次長らに右協定内容にそつた値上げを指示し、各支店に対しては右次長らが電話連絡等によりほぼ協定内容にそつた値上げを指示し、これを受けた支店では販売店に値上げを通知して折衝を開始する(販売店との間では仕切価格は訴外出光興産の定めるところによる旨の契約書が取り交わされているが、現実には支店の値上げ通告によつて始まる折衝によつて仕切価格が定められていた。)などして、右指示にそつた値上げに努力したこと、もつとも各支店においては、市況により、実施を遅らせたり、本社の指示どおりの値上げ幅の値上げができなかつたこともあり、必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容に一致する値上げが実現できたわけではなかつたことが認められる。

乙第一二三号証の一ないし三、第一六八号証のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(八) 訴外太陽石油

甲第六四、第一四四号証を総合すると、訴外太陽石油では、本件値上げ協定に係る協定内容を実現するため、値上げを実施しているが、必ずしも協定締結の都度ではなく、協定内容と異なる値上げ幅で、より多くの値上げを行なつており、昭和四八年一年間を通じてみれば、ほぼ協定どおりの値上げを実施していることが認められる。

(九) 訴外丸善石油

甲第六七ないし第七〇号証、第九八号証、乙第一二七、第一七五号証(乙第一二七号証のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、訴外丸善石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度協定内容を大阪本社の営業企画部へ連絡し、同部で同社の販売事情等を加味し、同社独自のコスト計算をした上、販売の実施面を担当する販売部・直売部に協定に基づく値上げを指示し、販売部では各支店に同様の指示をし、各支店等では特約店等に対しほぼ協定内容に見合う値上げを折衝して、その実現に努力したこと、もつとも特約店との力関係、地域差等により、必ずしも直ちに協定内容どおりの値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一二六、第一二七号証のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(一〇) 訴外共同石油

甲第七一ないし第七三号証、第九四、第九五、第一一四、第一四三号証を総合すると、訴外共同石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度販売部長である松井(共石)において、同社としての値上げ幅、値上げ時期を決め、同部長から各支店長直売部長に対して、支店長会議の席上において又は文書、テレツクス、電話等によりほぼ協定内容にそつた値上げ幅、値上げ時期を示して値上げを指示し、各支店は特約店等に値上げを通知するなどして、協定内容にそつた値上げに努力したごと、もつとも特約店との力関係等により、必ずしも指示どおりの値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一二八号証のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(一一) 訴外昭和石油

甲第七八号証、乙第一三二号証の一、第一七二号証(乙第一三二号証の一、第一七二号証のうち、後記措信し得ない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、訴外昭和石油では、本件値上げ協定を締結すると、その都度これを販売第一部長である武田(昭石)に伝え、同部長は支店長会議の席上などで、ほぼ右協定内容にそつて指示価格を指示し、各支店及び直売部はこれに従つて値上げに努力したこと、もつとも必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容に一致する値上げが実現できたわけではないことが認められる。

乙第一三二号証の一、第一七二号証のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できない。

(一二) 訴外シエル石油

甲第七九、第一四五号証、乙第一三三号証の一ないし三、九ないし一一、一六、第一七〇号証(乙第一三三号証の一ないし三のうち、後記措信し得ない部分を除く。)を総合すると、訴外シエル石油では、本件値上げ協定を締結すると(場合によつては、確定的に締結される前にも)、その都度協定内容(締結前には、その案)を製品部長大江哲郎に伝えるとともに、説田(シエル)自身が各支店長あてにテレツクス等でほぼ協定内容にそつた値上げ幅や値上げ時期を連絡し、直売部その他の販売担当部門にも同旨の連絡をして値上げの実施を指示し、また同部長においても文書、テレツクス等で各支店に同旨の指示をし、各支店等ではこれらに基づき特約店と折衝して、右指示にそつた値上げに努力したこと、もつとも市況等により必ずしも値上げの時期及び値上げ幅において協定内容に一致する値上げが実現できたわけではなかつたことが認められる。

乙第一三三号証の一ないし四のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

以上によれば、元売一二社は、本件値上げ協定に従い、支店及び直売部等販売担当部門に対して値上げの実施を指示し、右販売担当部門においては右指示にそつて値上げの実現に努力していたのであるから、元売一二社はいずれも本件値上げ協定を実施したものというべきである。但し、元売各社は、おおむね資源エネルギー庁当局の指導に従い、昭和四八年一〇月以降昭和四九年五月末まで民生用灯油の元売仕切価格を昭和四八年九月末の価格(各社の価格の平均は、一万二八九八円)に据え置いたことは、前記4の(三)の(5)に認定したとおりであり、各社が独自に行なつた値上げは別として、同年一〇月以降新たに本件第四の協定に基づいての値上げを行なつた元売会社があつたことを認めるに足りる証拠はないから、右協定のうち民生用灯油に係る部分は実施されていないといわねばならない。

6  独禁法第二条第六項の要件該当性

以上によれば、元売一二社の右所為は、法第二条第六項の不当な取引制限に該当するというべきであるが、被告らの主張に鑑み、なおその要件該当性を明らかにする。

(一) 事業活動の「相互拘束」について

以上認定したところによれば、元売一二社は、相互に意思の連絡をもつて、本件値上げ協定所定の各時期に所定の各値上げ幅で石油製品の元売仕切価格の値上げをすべきことを合意し、かつその遂行として石油製品の値上げを行なつたものということができる。そして、右「拘束」とは、法的に有効な拘束が成立することを意味するものではないから、右のような合意が成立し、これが共同遂行された以上、協定において協定違反に対する制裁の定めがないことにより拘束の成立を否定することはできず、また仮に値上げが協定所定のとおり完全に実施されていなかつたとしても、拘束がなかつたものということはできない。

この点に関する被告らの主張は失当である。

(二) 「公共の利益に反して」について

被告らは、元売一二社の所為は、国民生活の安定確保のために行政当局が行なつたガイドライン(製品価格上限額)による行政指導に対する協力行為であるから公共の利益に反しない旨を主張するが、元売一二社の所為は、行政当局の行なつた石油製品価格形成についての抑制的介入や製品価格の上限額の設定又は改定に対する単なる協力にとどまらず、各社間の自由競争を避けて、本件値上げ協定所定の時期に、所定の値上げ幅で石油製品の元売仕切価格を値上げすることを協定し、これを実施したものであることは前記認定のとおりであるから、たとえ通産省ないし資源エネルギー庁担当官において元売一二社がそれぞれ右協定所定の時期以降、所定の値上げ幅の範囲内で値上げを行なうことにつき了承を与えていた事実があるにしても、被告らの右主張は失当である。

(三) 「一定の取引分野における競争の実質的制限」について

前記認定の元売一二社のわが国における石油製品の元売り販売シエア、本件値上げ協定の内容及びその実施状況によれば、右協定の締結及びその実施により、わが国全域における各油種の石油製品の元売り段階における取引分野において、公正かつ自由な競争が維持されているとはいえない状態、すなわち競争秩序が主導的役割りを果しているとはいえない状態となつたものと認められるから、元売一二社は、右協定の締結と実施により、右状態を出現せしめたもの、すなわち右分野における競争を実質的に制限したものといわねばならない。

被告らは、行政指導として石油製品の上限価格が設定されたに過ぎず、元売一二社が値上げを義務付けたり、値上げを期待し合つたりしたことはなく、値上げは各社の独自の判断で行なつた旨を主張し、右要件を充足していない旨を主張するが、右協定の内容及びその実施状況は前記認定のとおりであるから、被告らの右主張はその前提を欠くものである。

二  被告らの独禁法適用除外及び違法阻却の主張についての判断

1  独禁法適用除外の主張について

被告らは、石油業法は石油市場における自由競争を一定の限度で制約することを立法趣旨とし、本来独禁法の適用除外が規定さるべきであるのにかかわらず、その規定を欠くこと、元売一二社は、行政当局が行政指導として設定した値上げ幅の上限額の範囲内で自由競争を行なつており、その行為に反社会性がないことなどを主張して、元売一二社の所為には、法第六章の適用除外の規定が準用さるべきであると主張する。

しかしながら、本件値上げ協定の締結及びその実施は、一定の値上げ幅の値上げを協定し、それを実施することにより、公共の利益に反して一定の取引分野における競争を実質的に制限したもので、独禁法の目的に違反することは前示のとおりであり、また石油業法は、石油の安定的かつ低廉な供給の確保を図り、もつて国民経済の発展と国民生活の向上に資することを目的とし、それに必要な限度で石油精製業等の事業活動の調整をはかるため、通商産業大臣の権限等を定めているが、同時に自由競争原理との調和を図り、石油製品の販売価格については、販売業者の企業努力と公正な競争によつて自主的に形成されることを基本とし、ただ石油製品の価格が不当に高騰し又は下落するおそれがある場合において、石油の安定的かつ低廉な供給を確保するため特に必要があると認めるときに限り、通商産業大臣が石油製品の販売価格の標準額を定めて、告示することができる旨の規定(業法第一五条)を設け、販売業者が自発的に右標準額を尊重することによつて、不当な価格が是正されることを期待するにとどめており、販売業者が価格協定を締結することなどにより、競争を実質的に制限することを予定したり、許容したりする趣旨を含むものとは到底認められず、また通産省担当官によりそのような行為が指導されたり、了承されたりした事実も認められないことも前示のとおりである。被告らの主張は失当である。

なお、原本の存在及び成立に争いのない乙第一三号証の一、二によれば、公取委事務局長は、昭和四八年一一月三〇日、通産省事務次官との間で、「石油需給適正化法及び国民生活安定緊急措置法の実施等に関する覚書」を取り交わし、次いで同年一二月六日、経済企画庁事務次官との間で、同趣旨の覚書を取り交わしたこと、右各覚書は「通商産業大臣又は主務大臣の指示監督に基づいて、事業者又は事業者団体が行なう次のような事項に関する行為は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の規定に牴触しないものであることを確認する。」として、その事項の(ハ)で「標準価格等通商産業大臣の指示する石油製品の価格を遵守するための協力措置」を挙げていることが認められるが、右書証によれば、右覚書には、(注)として「上記の協力措置とは、政府の施策に対する協力措置であつて、カルテルを意味するものではない。」との記載があることが認められるから、本件値上げ協定の締結及びその実施のような行為が、右の「協力措置」に当たらないことは明らかであるのみならず、右協定の締結及びその実施が通商産業大臣あるいは通産省担当官等の指示監督に基づいて行なわれたと認めるに足りる証拠はないから、右覚書の存在は、右協定の締結及びその実施につき独禁法を適用することにつき、なんら妨げとなるものではない。

2  超法規的違法阻却事由の存在の主張について

被告らは、通産省当局及び資源エネルギー庁当局の行政指導の内容は、独禁法の目的である一般消費者の利益の確保と国民経済の健全な発達に背馳せず、元売一二社のこれに対する協力行為は、右目的に寄与するものであるとし、右行為には、超法規的違法阻却事由が存在する旨を主張する。

しかしながら、元売一二社が指導上限価格の設定に協力し、右上限価格を超える価格で石油製品を販売しないことに協力した事実があるとしても、それにとどまらず、本件値上げ協定を締結し、それを実施することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限したことは、前示のとおりであるから、所論は前提を欠き失当である。

三  本件値上げ協定とその実施に係る審決及び被告らとの関係での右審決の確定

公取委が昭和四九年二月五日、元売一二社に法第二条第六項、第三条違反の所為があるとして、法第四八条第一項所定の勧告を行なつたところ、元売一二社は同月一五日右勧告を応諾し、公取委は、右応諾に基づき、同月二二日元売一二社に対し法第四八条第三項により本件審決をなし、被告らがこれに対して出訴期間内に取消訴訟を提起しなかつたことにより、被告らとの関係では当時右審決が確定したこと、被告九州石油との関係においても本件審決は有効であり、法第二六条第一項の要件を充足すべき確定審決に該当することは、第一の四及び五において説示したとおりである。

ところで、前記認定の本件値上げ協定と本件審決書記載の違反事実との照応関係は別紙第一四の1のとおりで、両者の間には同別紙2のとおりの喰違いがあることが認められる。しかしながら、当裁判所が認定するところの協定締結の日時場所と本件審決書記載の違反事実に係るそれらとのこの程度の相違は、いずれも両者を同一の社会的事実と認めるに妨げないものといわねばならない。また協定内容において、当裁判所は、本件第一及び第二の協定において工業用灯油について値上げ協定をしたと認定するのに対し、本件審決書においては灯油について協定をしたとされている点は、当裁判所の認定する工業用灯油に係る値上げ協定についての審決の存在を否定するに足りるものでないことは、前記第一の二の2に説示したとおりである。更に、当裁判所は、本件第一の協定においてC重油の値上げ幅を一〇〇円と認定するのに対し、本件審決書の違反事実としては二〇〇円と記載されており、当裁判所は、本件第四の協定においてジエツト燃料油も値上げの対象に含まれていたと認定するのに対し、本件審決書の違反事実の記載はこれを欠いているが、本訴請求が灯油に係る値上げ協定とその実施を理由とする損害賠償の請求である以上、右はいずれも、本件審決が本訴請求につき法第二六条第一項の要件を充足すべき審決に当たることを妨げるものでないことはいうまでもない。

四  本件購入者らの灯油購入及び購入した灯油の種類

1  灯油の購入

(一) 証人宮前つる代(第一、第二回)、同村越勝次郎の各証言、右村越証言と弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第四、第五号証の各一ないし五、第六号証の一ないし一〇、第七号証の一ないし八、第八号証の一ないし九、第九、第一〇号証の各一ないし五、第一一号証の一ないし七、第一二号証の一ないし五、第一三号証の一ないし四、右宮前証言(第二回)によつて成立が認められる甲第四〇号証の一ないし一〇によると、選定者らは、灯油小売業者である村越管工から、次のとおり改めるほかは、別紙第六記載どおりの日時に同記載どおりの数量の灯油を配達料込み容器代別で同記載の単価で購入したことが認められる。

(1) 選定者高木令子の一一月六日購入に係る購入単価「三八〇円」を「三五〇円」に改める。

(2) 選定者大槻史子の一〇月購入に係る購入単価「三八〇円」を「三五〇円」に改める。

(3) 同選定者の購入月日のうち「二月一六日」とあるのを「二月二六日」に改める。

(4) 選定者高生アツの一一月六日購入に係る購入数量「二」とあるのを「一」に改める。

(5) 選定者大出孝則、同河野雪江、同関口敏雄、同大出つる、同根岸正道、同阿部三郎の購入月日のうち「二月一六日」とあるのを「二月二六日」に改める。

(二) 証人清水鳩子の証言(第一、第二回)、成立に争いのない甲第一七号証の二、第二〇号証の一、二、第二五号証の一ないし三、右証言(第一回)によつて原本の存在及び成立が認められる甲第一四号証の一、二、第一五号証の一ないし七、成立が認められる第一六号証の一、二、第一七号証の三、第一八号証の一、四、六、八、第一九、第二一、第二二号証、第二三号証の一ないし四、第二四号証の一ないし一〇、第二六号証の一、二、右下横書部分を除き成立に争いがなく、右部分については右証言(第一回)によつて成立が認められる甲第一七号証の一、右証言(第二回)によつて成立が認められる甲第四一号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すると、原告ら(選定当事者を除く。)は、次のとおり改めるほかは、別紙第七記載どおりの日時に同記載どおりの灯油小売業者である購入先から同記載の数量の灯油を同記載の価格で購入した事実が認められる。なお、右購入先につき、被告らは、(有)湯浅商店、(有)松原屋燃料店、貫井米穀(株)、宇田川商店はいずれも灯油の店、(株)大家商店は特約店、(株)南滝野川給油所(後記のとおり、当裁判所は、これを「アダチ化学工業株式会社南滝野川給油所」と認定する。)は販売店であると主張するが、右のうち、灯油の店は一般消費者への販売を行なう小売店であり、特約店、販売店も小売りをも行なう旨を主張しているのであるから、これらを小売業者とする右認定は、右被告らの主張とも相反するものではない。

(1) 原告竹内婦美代の購入年月日のうち「昭和四九年二月二八日」とあるのを「昭和四九年二月八日」と改める。

(2) 原告西潟ヒサの購入先「(株)南滝野川給油所」を「アダチ化学工業株式会社南滝野川給油所」と改める。

2  購入した灯油の種類

灯油は、これを成分的に分類すれば、純度の高い白灯油(一号灯油)と純度の低い茶灯油(二号灯油)の区別があるのみであるが、石油行政を所掌する通産省当局及び石油業界においては、おそくとも本件値上げ協定締結当時に至るまでには、右白灯油をその流通経路によつて民生用灯油と工業用灯油とに区分し、元売業者から特約店等を通じ灯油の店やガソリンスタンドなどの小売店で消費者に販売される白灯油が前者、船、貨車、タンクローリー等で直接工場等大口需要者に運び込まれる白灯油が後者とされてきたことは前記一の4の(二)の(8)の(ア)に認定したとおりであるから、本件購入者らが1のとおり灯油を購入した昭和四八年二月から昭和四九年三月まで当時、流通にあつた白灯油は、右のいずれかに区分されるべき灯油であつたというべきである。そして本件購入者らの購入した灯油が白灯油であつたことは、弁論の全趣旨によつて明らかである。

そこでまず選定者らが購入した灯油がそのいずれに区分されるべき灯油であるかについてみるに、証人田中一正の証言、前掲乙第一〇一号証の一によれば、白灯油の七割ないし八割は、民生用灯油として特約店を通じ小売店への流通経路にのるものであることが認められ、証人村越勝次郎の証言によれば、選定者らの灯油購入先である村越管工は、当時灯油の卸業を営む清水商店から灯油を仕入れていたことが認められるから、この灯油は民生用灯油に区分されるべき灯油と推認せらるべきであり、また右証言によれば、石油パニツクに際し「東急」なるガソリンスタンドとIB商会なる店とから各一回灯油を仕入れたことがある事実が認められるが、右各仕入れに係る灯油も、前記認定の民生用灯油として流通に置かれるべき白灯油の割合からして、むしろ民生用灯油に区分されるべき灯油と推認せらるべきであり、少なくともこれを工業用灯油に区分されるべき灯油と認めるべき的確な証拠はない(原告甲斐秀水本人尋問の結果中には、右仕入先等で工業用灯油なら売つてやるとの趣旨を述べたとの供述があるが、仮にそのような事実があるとしても、そのことのみから右仕入れに係る灯油を工業用灯油に区分されるべき灯油と推認することはできない。)。したがつて、選定者らが購入した灯油は、民生用灯油に区分されるべき灯油と推認せらるべきである。

次に、原告ら(選定当事者らを除く。)が購入した灯油についてみても、原告ら(選定当事者らを除く。)の購入先は、いずれも灯油小売業者であることは前記1に認定のとおりであり、前記認定の区分基準及び前記認定の民生用灯油として流通におかれる白灯油の割合からすれば、右購入に係る灯油も、民生用灯油に区分されるべき灯油と推認せらるべきである。

五  本件購入者らの損害の有無

1  違法な価格協定と損害

原告らは、前記四の1に認定した本件購入者らの灯油購入価格(以下、「現実購入価格」という。)は、本件値上げ協定の実施によつて形成されたものであるとし、本件購入者らは、本件値上げ協定の実施により右現実購入価格とそれがなかつたならば購入し得たであろう価格(以下、「想定購入価格」という。)との差額の損害を蒙つた旨を主張するところ、違法な価格協定により協定の対象商品の購入者が蒙る損害は、右協定のため余儀なくされた余計な支出であり、それは購入者が購入に際し支払つた代金額とその当時における当該商品のあるべき価格との差額(すなわち、現実購入価格と想定購入価格との差額)となるべきはいうまでもないから、以下右の観点に立つて損害の有無を審究する。

2  本件値上げ協定のうち、本件購入者らの購入した灯油の現実購入価格の形成に影響を及ぼすべき部分

(一) 本件値上げ協定は、各種の石油製品の元売仕切価格につきその値上げを協定したものであることは、前記一の4に認定したとおりであるので、そのうち本件購入者らの購入した灯油の現実購入価格に影響を及ぼすべき部分の範囲につき、検討する。

(二) まず、本件値上げ協定のうち灯油以外の石油製品に係る部分が本件購入者らが購入した灯油の元売仕切価格(以下、「現実元売仕切価格」という。)及び現実購入価格の形成に影響を及ぼすべき事実については、主張立証がない。

次に、本件購入者らが購入した灯油が民生用灯油に区分されるべき灯油と認められることは前記四の2に認定したとおりであるから、本件値上げ協定のうち工業用灯油に係る部分も、右購入に係る灯油の現実元売仕切価格の形成に影響を及ぼすべきものではない。

もつとも、この点につき、原告らは、工業用灯油について値上げを協定し、それを実施すれば、元売り及び中間段階での民生用灯油の値上げ、両者の流用等により、民生用灯油をも含んだ白灯油全体が値上がりすることになるのであり、このことは被告らも当然予見していたところであるから、被告らは工業用灯油の値上げ協定に基づく白灯油全体の値上がりについて損害賠償の責を免れない旨を主張し、工業用灯油に係る値上げ協定の実施が本件購入者らの購入に係る灯油の現実購入価格に影響を及ぼしたとする。しかしながら、まず仮に元売一二社のうちに工業用灯油の値上げ協定の機会をとらえ、民生用灯油に区分されるべき灯油の元売仕切価格の引上げをはかり、あるいはこれを工業用灯油として高い価格で流通に置いた元売会社があるとしても、その行為は本件値上げ協定に基づくものとはいえないから、それによつて蒙る損害の賠償を本訴において請求し得べき限りではない。また右主張のように民生用灯油として流通に置かれた白灯油が中間段階において工業用灯油に流れた事実があることも否定できないことは、前記一の4の(二)の(8)の(ア)に認定したとおりであるが、このような事由により民生用灯油の小売価格、特に本件購入者らが購入した灯油の小売価格が上昇した事実及びその上昇額を認定すべき証拠は何もない。

してみると、本件値上げ協定及びその実施が本件購入者らが購入した灯油の現実購入価格の形成に影響を及ぼしたとすれば、それは右協定のうち民生用灯油に係る部分とその実施とによる民生用灯油の元売仕切価格の変動を通じてのみであるということになる。

(三) 次に、本件値上げ協定のうち民生用灯油の元売仕切価格の値上げを含むのは、本件第三の協定及び本件第四の協定のみであることは、前記一の4の(二)に認定したとおりである。そして、本件第三の協定の民生用灯油に係る協定内容は、昭和四八年八月一日から元売一二社がそれぞれその元売仕切価格を昭和四六年二、三月の各社それぞれの元売仕切価格(各社加重平均一万二〇八一円)をもつて定められた指導上限価格に対し一キロリツトル当たり一〇〇〇円値上げすることを合意したものであることは、前記一の4の(二)の(4)に認定したとおりであるが、本件第四の協定の民生用灯油に係る協定内容は、本件第三の協定による値上げを達成していない元売会社は、これを達成し、達成した元売会社は、これを維持する趣旨の協定と解せられることは、前記一の4の(二)の(8)の(エ)に認定したとおりであるところ、元売各社は、資源エネルギー庁当局の指導に従い、昭和四八年一〇月以降昭和四九年五月末まで民生用灯油の元売仕切価格を昭和四八年九月末の価格(各社の価格の平均は、一万二八九八円)に据え置き、本件第四の協定のうち民生用灯油に係る部分は実施されていないことは、前記一の4の(三)の(5)及び5に認定したとおりである。

したがつて、本件値上げ協定及びその実施が本件購入者らが購入した灯油の現実購入価格の形成に影響を及ぼしたとすれば、それは本件第三の協定のうち民生用灯油に係る部分とその実施とによる民生用灯油の元売仕切価格の変動を通じてのみであるということになる。

3  本件第三の協定の実施前後における白灯油の元売仕切価格の変動

本件第三の協定の実施前後における元売一二社それぞれの白灯油ないし民生用灯油の元売仕切価格は、これを認定すべき証拠はないが、成立に争いのない乙第一六三号証の一、二によれば、昭和四七年一月以降昭和四九年三月までのわが国における白灯油元売仕切価格の平均価格の変遷は、別紙第一五に記載のとおりであることが認められる。

4  本件第三の協定の実施がなければ形成されたであろう元売仕切価格(以下、「想定元売仕切価格」という。)の推認及び損害の有無

価格協定の実施がなければ形成されたであろう価格は、これを一般的にいえば、公正かつ自由な競争が行なわれていたとするならば、当該市場において形成されたであろう価格であり、価格協定の実施直前において、公正かつ自由な競争により価格が形成されており、その時点と協定実施中とを比較して、価格形成に影響を及ぼすべき経済的要因等(行政庁による価格指導を含む。)に変動がないならば、右直前時点において形成されていた価格をもつて、価格協定の実施がなければ、形成されたであろう価格と推認することができるのはもちろんである。

しかしながら、本件における民生用灯油の元売仕切価格については、昭和四六年二、三月当時までは、通産省当局がその上限価格を設定した事跡は認められないものの、同年四月以降は、その値上がりを抑制すべく、これを同年二、三月の価格に据え置くよう元売各社を指導し、以後この指導を継続し、本件第三の協定締結後でかつその実施期日前である昭和四八年七月末ころ、各社それぞれの元売仕切価格を一キロリツトル当たり一〇〇〇円値上げすることを了承したが、同年一〇月にはこれを同年九月末の時点の価格で凍結するよう指導し、爾後この指導を継続して本件購入者らの灯油購入の最終時点である昭和四九年三月に至つたこと及びこのような行政指導が元売一二社の本件値上げ協定の締結やその実施に協力し、これを容易ならしめるためになされたと認めるべき証拠はないことは、前記一の4の(一)の(3)及び(三)に述べたとおりである。このように、民生用灯油の元売仕切価格については、昭和四六年四月以降本件購入者らの購入に係る灯油の元売りがされたと推定される期間を通じ、通産省当局及び資源エネルギー庁当局の指導上限価格が設定されていたのであるから、その影響を受けて純粋に公正かつ自由な競争によつて形成された価格は存在しなかつたとみるのが通常であるといわなければならない。

したがつて、本件において想定元売仕切価格を推認するとすれば、本件第三の協定のうち民生用灯油に係る部分の実施がなかつたならば、昭和四八年八月以降元売仕切価格がいかように形成されたかを、原価の値上がりその他価格形成に影響を及ぼすべき経済的要因の変動の有無及び程度等に加え、右行政指導の存在をも考慮に容れて、検討しなければならないところ、本件第三の協定実施の前後から昭和四九年三月までを通じ、民生用灯油の元売仕切価格形成要因の変動としてとらえ得る事実及び価格上昇の要因があれば現実の上昇と結び付き易い事情として、少なくとも次の(一)ないし(五)の事実があつたことを認めることができる。

(一) 通産省当局の一キロリツトル当たり一〇〇〇円値上げ了承の事実(いわゆる指導上限価格の変更)

通産省当局は、当時各石油製品の元売仕切価格につき油種ごとに値上げ幅の上限を承認するという方法によりその価格を指導しており、民生用灯油の元売仕切価格については、昭和四六年四月に同年二、三月の価格に据え置くよう元売各社を指導し、以後この指導を継続していたが、本件第三の協定の実施期日前である昭和四八年六、七月ころ、各社それぞれの元売仕切価格を一キロリツトル当たり一〇〇〇円値上げすることを了承し、この了承の事実は当時元売一二社に伝えられたことは、前記一の4の(三)に認定したとおりである。

しかるところ、原本の存在及び成立に争いのない乙第三五号証、前掲乙第一〇一号証の一、三、第一七六号証、右乙第一七六号証により成立が認められる乙第一八五号証及び証人田中一正の証言を総合すれば、石油製品は、いわゆる連産品であることから、各製品にかかる費用は全製品に共通しており、常圧蒸留装置だけで生産される重油より、改質装置にかけるガソリンや水素化脱硫装置にかける灯油等が高コストであるということはいえても、各製品別の原価は算定不可能であり、製品別原価算定の方法として正常市価等を基準にした等価比率方式による原価配分があるが、右は過去の営業活動につき会計処理をする場合の棚卸製品の原価設定のための一つの便宜的方法にとどまり、製品別原価としてその販売価格を決定する基準とはなり得ず、他にもそのような基準はあり得ないこと、したがつて、原価、特にその大きな割合をしめる原油価格の上昇があつた場合、数字的公平さから等率値上げ、等差値上げということは抽象的にいえるとしても、これを個々の製品価格に転嫁すべき客観的基準はなく、個々の製品の販売価格は、全製品を総合して採算がとれるように、その時点における需給関係、需要構造を反映して形成される各製品それぞれの市場価格との関連及び国際石油製品市場における価格体系への考慮に、エネルギー政策、経済政策、物価政策上国が適切と考える価格体系に誘導しようとするその時点時点における国の政策的な配慮が加わつて設定されてきていることが認められる。そして石油製品の価格設定が右のようなものであるとすれば、通産省当局がその政策目的にそつて、一般的には価格を抑制しつつ、石油製品全体の価格体系をも考慮して、各製品それぞれの元売仕切価格につき一定の上限幅までの値上げを了承するなどした場合(前記一の4の(一)の(3)及び(三)に認定した各事実によれば、昭和四六年以来通産省当局及び資源エネルギー庁当局が行なつた石油製品価格の行政指導は、このようなものであつたと認められる。)、各製品の元売仕切価格は、このような行政指導に極めて誘導され易いものと認められる。

(二) 原油値上がりによるコスト上昇

昭和四五年からいわゆるOPEC攻勢による原油の値上がりがあつたが、この間わが国の石油会社はドル切下げ及び円変動相場制移行に伴う為替差益の利益を享受したことから、通産省当局は昭和四八年六月一八日、同月一日までのコスト上昇分は、右為替差益とほぼ相殺となるとし、同月一日までのコスト上昇を理由とする石油製品の値上げは認めず、今後は同年六月比でコスト変化をみていくとの方針を示したことは、前記一の4の(三)の(3)に認定したとおりであるが、それにもかかわらず、通産省当局は、同月一日からの新ジユネーブ協定による値上げに伴う値上がり分を超える市況調整による原油値上がり分と同年七月からの右協定による値上げに伴う原油値上がり分を併せ、これを同年六月比のコスト上昇幅とし、これを灯油等四油種に展開すると、本件第三の協定の協定内容である各値上げ幅となるとの説明を了承し、右協定内容と同一の値上げ幅の範囲内での値上げを了承したことは、前記一の4の(二)の(4)及び(三)の(4)に認定したとおりである。そして、昭和四六年以来本件当時に至るまで、通産省当局及び資源エネルギー庁当局は、一貫して石油製品価格の動向に留意し、その抑制に腐心していたことは、前記一の4の(一)の(3)及び(三)に認定した事実から明らかであり、特に民生用灯油の抑制については、もつとも腐心していたことは、右事実に加えて前掲乙第一五〇号証の一、第一五二号証、第一五三号証の二、三によつても明らかであるところ、このようにこの点に腐心していた通産省当局が右値上げを了承したということは、当時少なくとも右値上げを必要やむを得ないとする程度の原油値上がり等によるコスト上昇があつたことを推認せしめるものといわねばならない。

そして、成立に争いのない乙第一八号証の六五ないし七三によれば、大蔵省関税局の調査による昭和四八年七月から昭和四九年三月までの原油及び粗油の輸入価格は、平均一キロリツトル当たり別紙第一六に記載のとおりであり通産省当局による右値上げ了承以後も上昇の一途をたどつていることが認められる。この各月の輸入価格は、前掲乙第一六三号証の二に記載の原油輸入価格と若干の喰違いをみせているが、その上昇傾向はほぼ同一である。

もつとも原油値上がり等のコスト上昇があつた場合、各石油製品それぞれにどの程度転嫁すべきかについて客観的基準はないことは前記(一)のとおりであること、通産省当局は民生用灯油以外の石油製品につき昭和四八年一月以降及び同年二月以降一定の上限幅の値上げを了承し、また同年八月以降灯油とともに中間留分の値上げを了承していることは前記一の4の(三)の(1)、(2)、(4)に認定したとおりであることなどからすれば、当時のあるべき灯油元売仕切価格を算定することは不可能であり、ただ通産省当局が民生用灯油につき一〇〇〇円の値上げを了承した事実から、そのような値上げをやむを得ないとする程度のコスト上昇があつた事実の推認が成り立つのみである。この意味で、例えば被告らが売価還元方式によつて算定した想定元売仕切価格として主張する別紙第一〇の計算結果、あるいは原告らがこれに対応するものとして主張する別紙第一一の計算結果などは、いずれも想定元売仕切価格の目安とはなり得ないものといわねばならない。

(三) 灯油の需要の増大

成立に争いのない乙第四一号証の六ないし九、一二ないし一四によれば、わが国における灯油の販売量は、昭和四五、同四六、同四七年において、それぞれ一五、三一〇、九一七キロリツトル、一六、〇五一、八〇二キロリツトル、一七、〇七五、二四三キロリツトルであつたのに対し、同四八年においては、二一、四七一、五一〇キロリツトルと大幅に増加し、灯油の販売量が全燃料油の販売量中に占める割合も、昭和四五、同四六、同四七年はそれぞれ八・五パーセント、八・二パーセント、八・四パーセントであるのに対し、九・二パーセントと増大していること、家庭用熱源としては不需要期に入つた四月ないし六月の販売量を見ても、昭和四五年四月、五月、六月はそれぞれ九九八、五二四キロリツトル、六四五、四一六キロリツトル、五七八、二七一キロリツトル、昭和四六年四月、五月、六月はそれぞれ九四七、二八七キロリツトル、七八八、九二二キロリツトル、五六八、七九一キロリツトル、昭和四七年四月、五月、六月はそれぞれ一、一〇四、一八三キロリツトル、七三一、三四四キロリツトル、六二四、二八八キロリツトルであるのに対し、昭和四八年四月、五月、六月はそれぞれ一、三〇八、〇三〇キロリツトル、一、〇六八、五四〇キロリツトル、一、〇〇九、七七六キロリツトルと飛躍的に増大していることが認められる。

そして、成立に争いのない乙第一一二、第一一三、第一八四号証、前掲乙第一〇一号証の二、三、第一〇三号証、第一〇四、第一〇五号証の各一、第一三三号証の一三、第一五〇号証の一、第一五三号証の一、二、第一六六ないし第一六八号証、第一七六、第一八一、第一八七号証、証人田中一正の証言を総合すれば、右のような灯油の需要の増大は、昭和四七年七月の四日市公害訴訟判決を契機とする公害に対する関心の高まり、大気汚染防止法の改正による公害規制の強化、各地方自治体による国の基準以上の規制強化により、産業用燃料油の油種転換が行なわれたことが大きな原因となつており、当時通産省当局においては、右のような事情によるいわゆる中間留分の需要増を予測して供給計画を策定していたのであるが、昭和四八年四、五月ころの需要の増大は、通産省当局の右予測をも上廻るものであつたこと、資源エネルギー庁当局は、昭和四八年八月ころ業界に対し灯油の増産と昭和四八年下期の灯油需要期にそなえて上期末までに五〇〇万キロリツトル以上の備蓄を指導し、業界は右備蓄を達成したことが認められる。

このような需要の増大は、一般的にいつて、それ自体価格の上昇を招く要因であることはいうまでもないところであり、前記認定の白灯油元売仕切価格の平均価格(別紙第一五)は、昭和四八年四、五月の不需要期においても前年の同月をかなり上廻つていることが認められる。それのみならず、前掲乙第一〇一号証の一、二、第一五三号証の二、証人田中一正の証言、右証言によつて成立が認められる乙第九二号証によれば、特定の原油からの各石油製品の得率はほぼ一定しているため、灯油の需要増のような一部の石油製品の需要増に応じて、その生産量を増加せしめようとすれば、連産品である他の石油製品の生産量も増加して在庫量の増大と備蓄費用の増大を招くか、あるいは中間留分の得率は大きいが、価格も高い軽質原油を原料として石油製品を生産するほかなく、いずれにせよコストの上昇につながることが認められる。

(四) 他の家庭用熱源との比較における灯油価格の低廉性

原本の存在及び成立に争いのない乙第一四ないし第一六号証、成立に争いのない乙第一六一号証、前掲乙第三五、第一八四号証及び証人田中一正の証言によれば、当時灯油のカロリー当たりの価格は、他の家庭用熱源のそれと比較してかなり低廉であり、昭和四八年三月における東京都小売価格(総理府統計局集計)によつて比較してみても、灯油の価格は都市ガスのそれの三分の一、電気の五分の一という状況にあつたことが認められる。そしてこのように他の家庭用代替熱源と比較して灯油の価格が低廉であるとすれば、これを値上げしても販売量の減少を招くことが少ないといえるから、価格を上昇せしむべき要因がある場合に、現実の値上げと結び付き易いということができる。

(五) 灯油の高コスト性

灯油は常圧蒸留装置だけで生産されるものではなく、水素化脱硫装置にかけて生産されるため、他の石油製品に比較し余分なコストがかかつていることは前記(一)に認定したとおりであるが、それだけでなく、前掲乙第一四ないし第一六号証、第三五号証によれば、灯油は極めて季節性の強い商品であつて、冬期の需要に備え大量の備蓄が必要であることから、そのための設備金利、運転金利など他の石油製品に比較し余分なコストを要することが認められる。

以上の各事実からすれば、昭和四八年六、七月ころ及びそれ以降昭和四九年三月に至るまで灯油について顕著な値上がり要因があつたというべきであり、他方値下がり要因として見るべきものがあつたと認めるに足りる証拠はない(前記3に認定したように白灯油の元売仕切価格は昭和四七年以来通産省当局の設定した指導上限価格を大きく割り込んでいたが(別紙第一五参照)、原本の存在及び成立に争いのない乙第二四号証の二、成立に争いのない同号証の三、前掲乙第一〇一号証の一、第一六六、第一七六号証、証人田中一正の証言によれば、右は昭和四六年下期が記録的な暖冬であり、昭和四七年下期もこれに次ぐ異常暖冬であつた(但し、三月には真冬なみの寒波が周期的に訪れた。)ことが大きく影響したものであることが認められ、このことから昭和四八年六、七月以降も値下がり要因が存在したと推認することはできないし、また成立に争いのない乙第九六号証の三及び田中証言によれば、昭和三〇年代から一貫して値下がり傾向の続いていたタンカーフレートも昭和四四、四五年度を底として騰勢に転じていたことが認められ、これも昭和四八年以降における石油製品価格の値下がり要因となるとは考え難い。また元売各社の為替差益については、通産省当局においてこれを考慮に容れた上で灯油の値上げを了承したことは前記(二)に判示したとおりである。)。

前記(一)の通産省当局による一〇〇〇円値上げの了承(いわゆる指導上限価格の変更)及び前記一の4の(三)の(5)に認定した資源エネルギー庁当局による昭和四八年九月末の価格での凍結指導は、この情況をふまえた上で、一方において元売各社の値上げの要望に一部応えるとともに、灯油、殊に民生用灯油の元売仕切価格を、それを放置しておいた場合に自由に形成されるであろう価格よりも低く押えることを意図してされたものであることは明らかであるところ、前記3に認定した白灯油の平均元売仕切価格(別紙第一五参照)と前記(二)に認定した原油及び粗油の平均輸入価格(別紙第一六参照)とを対比すれば、右凍結指導の結果、昭和四九年二、三月には、白灯油の平均元売仕切価格が、同量の原油及び粗油の平均輸入価格を下廻るという奇現象を呈するに至つたのである。右二、三月の元売りに係る白灯油が、同月に輸入した原油によつて生産されたわけではないとはいえ、また他の石油製品価格の値上げにより白灯油価格の低廉を補うことがあり得たとしても、製品価格が同時点における同量の原料価格を大きく下廻るということは、およそ経済原則から遊離した現象というほかはない。

してみれば、本件第三の協定の実施がなかつたと仮定した場合に、民生用灯油の想定元売仕切価格が昭和四八年八月から昭和四九年三月まで、協定実施直前の現実の元売仕切価格の線でそのまま推移したとは到底考えられず、むしろ前記諸事情を勘案すれば、前記凍結が指導された昭和四八年一〇月以降昭和四九年三月に至るまでは、民生用灯油の想定元売仕切価格は凍結価格と径庭のない状態に至つたであろうと推認するのが相当である。それ故、本件第三の協定の実施がなくても、この期間における想定元売仕切価格が現実元売仕切価格を下廻つたと断定することはできないし、延いてはその灯油が小売段階に至つた場合の小売価格も現実の小売価格を下廻つたと断定することもできないのであつて、本件購入者らは、前記四に認定した灯油購入のうちこの期間に元売りがされた民生用灯油の購入に関しては、本件第三の協定及びその実施により損害を蒙つたと断定することはできない。

また昭和四八年八月及び九月に元売りがされた民生用灯油についていえば、当時の指導上限価格、すなわち本件第三の協定において協定された各社の元売仕切価格の平均は一万三〇八一円程度に帰着すべきであり、八月及び九月の現実の白灯油平均元売仕切価格はそれぞれ一万二三六六円及び一万二八九八円であることは前記3に認定したとおりであつて、これらの数字は元売一二社がこの時期において協定に係る価格実現のため努力中であつたことを示しているが、同時に元売りの相手方である特約店等が必ずしも元売各社の値上げ要求に直ちに応じた訳ではなく、これに対し相当程度の抵抗を示したことをも物語つていると考えられるところ、本件第三の協定の実施がなかつたと仮定しても、元売各社は前記認定の値上がり要因によつて支配されていたことに変りはないのであるから、指導上限価格までの値上げ努力を個々的にかつ精力的に行なつたであろうことは疑いを容れる余地がなく、その場合の値上がり進行速度が現実のそれといかに異なつたであろうかについては、本件全証拠をもつてしても知ることができない。そしてそのことは同時に、この期間に元売りがされた民生用灯油のあるべき小売価格が現実の小売価格を下廻つたか否かも知ることができないということであつて、ひつきよう、本件購入者らが、前記四に認定した灯油購入のうちこの期間に元売りがされた民生用灯油の購入に関しては、本件第三の協定及びその実施を原因として損害を蒙つたか否か、仮に蒙つたとしてもその額を知ることもできないというに帰着する。

昭和四八年七月以前(本件第三の協定実施以前)の元売りに係る灯油を本件購入者らが購入したとした場合(前記四の1の(二)に認定した原告鈴木凉子の購入日時からすれば、少なくとも右原告の購入に係る灯油はこれに該当することが明らかである。)、その購入者らに本件第三の協定及びその実施による損害が発生する余地のなかつたことはいうまでもない。

5  公取委意見書について

公取委意見書は、被告らの灯油販売価格が上昇すれば、小売価格の引上げが行なわれることは、当時、石油製品販売業界において顕著な現象であつたから、昭和四八年一月以降昭和四九年三月までの灯油の小売価格の上昇は、本件審決で認定された独禁法違反行為が一因であることは疑いないとし、購入者の損害額は、原則として、購入価格と不当な取引制限が行なわれた直前の購入価格との差額に基づいて算定するのが相当であるとしている。

価格協定の実施直前において、公正かつ自由な競争により価格が形成されており、その時点と協定実施中とを比較して、価格形成に影響を及ぼすべき経済的要因等に変動がないならば、右直前において形成されていた価格をもつて、価格協定の実施がなければ形成されたであろう価格と推認することができることは、前記4に述べたとおりである。しかしながら、本件購入者らの購入した灯油は民生用灯油と推認せらるべきことは前記四の2に判示したとおりであるところ、昭和四八年一月から同年七月までの間に元売りがされた民生用灯油につき、小売価格の上昇があつたとしても、その原因が本件値上げ協定の実施にあるとはいい得ないこと、また昭和四八年八月以降昭和四九年三月までの間に元売りがされた民生用灯油の元売仕切価格については、他に顕著な値上がり要因があつたと認められ、本件第三の協定の実施がなくても、想定元売仕切価格が現実元売仕切価格を下廻り、あるべき小売価格が現実の小売価格を下廻つたとは断定し難く、仮に下廻つたとしてもその程度を確定し難いことが右2ないし4に判示したところから明らかである本件においては、必ずしも本件購入者らに損害があつたとはなし得ず、仮に損害があつたとしても、直前価格との差額に基づいて損害額を算定することができないのはもちろん、他にその損害額を確定する方法もないといわねばならない。

なお、本件値上げ協定において在庫原油による製品であるか否かにかかわりなく値上げすることが協定されていることは、前記一の4において判示したとおりであるが、前記五の4に認定した事実からすれば、少なくとも昭和四八年八月以降の元売りに係る民生用灯油については、それが在庫原油によつて生産された灯油であるか否かにかかわらず、顕著な値上がり要因があつたと認められる(このことは、民生用灯油の価格抑制に腐心していた通産省当局ないし資源エネルギー庁当局が、在庫原油によつて生産した灯油であるか否かを区別しないで、一〇〇〇円の値上げを了承したことによつても裏付けられる。)のみならず、昭和四八年八月以降の元売りに係る民生用灯油のうち、どの灯油が在庫原油によつて生産された灯油であるか、本件購入者らの購入に係る灯油の原料である原油がいつの輸入に係るものか、右灯油がいつ生産されたものであるかなどを判断することが不可能である(本件では、これらの点を判断すべき的確な証拠はない。)以上、在庫原油によつて生産された灯油をも含む値上げであつても、これを斟酌することができないのは当然というべきである。

結局、本件は公取委意見書記載のような見解に立つて損害額を算定することができない事案であるといわねばならない。

六  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

第三むすび

よつて、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫 小林信次 石川義夫 三好達 柴田保幸)

別紙一~一六〈省略〉

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